大和朝廷

日本史

倭の五王|大和朝廷の遣使,朝鮮進出の挫折

倭の五王 倭の五王は『宋書』など南朝の史書に見える5人の倭王である。讃(応神、仁徳、履中)・珍(反正か仁徳)・済(允恭)・興(安康)・武(雄略)。大和朝廷は、任那日本を拠点に朝鮮へ進出したが、敗退に終わる。日本は百済とくんで朝鮮半島の...
日本史

大和朝廷|日本の統一と朝鮮進出への挫折,日本任那

大和朝廷 1世紀前後、邪馬台国に象徴されるように多数の小国への統一の歴史的な流れがあったようにおもわれるが、邪馬台国以降、5世紀の倭の五王の遣使に至るまで、日本のことは中国の史書に記載されておらず、その過程の文献資料は存在しない。しか...
日本史

国造制|大和朝廷が実施した地方統治体制

国造制 国造制は5世紀から7世紀にはじまった大和朝廷による地方統治体制をいう。各地方の豪族に統治権を認めるかわりに大和朝廷に対して子弟(舎人とねり・靭負ゆげい)・子女(采女うねめとして)出仕、地方特産物や馬、兵、士などの献上を行った。...
日本史

部民制|大和朝廷による統治制度,氏族

部民制 部民制は、皇室や中央・地方の豪族が、それぞれが所有している土地・人民を私有を明確化し、それぞれの身分や役割を区別した制度である。大きく皇室につけられた部民と豪族につけられた部民とわかれるが、基本的にはそれらの管理する領土と民の...
政治学

氏姓制度|大和朝廷が作った政治組織と身分制度

氏姓制度 大和朝廷は、氏姓制度という政治組織制度をつくった。大和朝廷は、大王(天皇)の氏である皇室を中心にして、大和地方の有力な豪族の連合政権として形成された。国土統一は、地方の多数の小国家(クニ)やその連合を服属させる必要があったが...