SUS420J2
SUS420J2は、JIS G 4303に規定されるマルテンサイト系ステンレス鋼であり、炭素(C)を0.26〜0.40%、クロム(Cr)を12〜14%含む高炭素型の鋼種である。焼入れ・焼戻しによる熱処理で硬化できる点がマルテンサイト系最大の特徴であり、焼入れ状態ではHRC50以上の高硬度が得られる。耐食性は一般の焼入れ鋼を上回るものの、オーステナイト系やフェライト系には炭素量が高い分だけ劣る。刃物、ゲージ、精密機械部品など、高硬度・耐摩耗性と中程度の耐食性を同時に求める用途に広く採用されている。
化学成分
SUS420J2の化学成分はJIS規格で次のように規定されている。高い硬度を実現する炭素量が同系のSUS420J1(C:0.16〜0.25%)より多く、この差が焼入れ後の硬さに大きく影響する。クロムは12〜14%で、クロム酸化皮膜(不動態皮膜)による耐食性をある程度確保しつつ、マルテンサイト変態を妨げない組成バランスとなっている。
| 元素 | C | Si | Mn | P | S | Ni | Cr |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 規格値(%) | 0.26〜0.40 | ≦1.00 | ≦1.00 | ≦0.040 | ≦0.030 | ≦0.60 | 12.00〜14.00 |
機械的性質
SUS420J2の機械的性質は熱処理状態によって大きく異なる。焼なまし状態での引張強度は540 N/mm²以上、硬度は235 HBW以下とされており、この状態では加工性が比較的良好である。焼入れ・焼戻し処理を行った場合、引張強度735 N/mm²以上、耐力539 N/mm²以上、伸び12%以上、絞り40%以上、硬度217 HBW以上が要求される。焼入れ温度950〜1050℃付近でHRC50〜55の最高硬度が得られ、その後の焼戻し温度を上げるほど硬度は低下し、靭性が向上する。
| 熱処理 | 引張強度(N/mm²) | 耐力(N/mm²) | 伸び(%) | 硬度(HBW) |
|---|---|---|---|---|
| 焼なまし | 540以上 | 225以上 | 18以上 | 235以下 |
| 焼入れ・焼戻し | 735以上 | 539以上 | 12以上 | 217以上 |
熱処理
SUS420J2の熱処理は、焼入れと焼戻しの組み合わせで行われる。焼入れは920〜1050℃に加熱後、油冷または空冷によって急冷する。加熱によってオーステナイト組織中に炭素が固溶し、急冷によってマルテンサイト変態が生じることで高硬度が得られる仕組みである。焼入れ温度が高すぎると残留オーステナイト量が増加し、所定の硬度に達しにくくなるため注意が必要である。焼戻しは600〜750℃で行い急冷することで、硬度を調整しながら靭性を付与する。なお材料断面が大きいほど中心部への冷却速度が低下し、硬さが入りにくくなる「質量効果」が生じるため、大型材では焼入れ条件の最適化が求められる。
焼入れ温度と硬度の関係
焼入れ温度と硬度の関係は以下の通りである。1000〜1050℃付近がピーク硬度帯であり、それ以上の温度では残留オーステナイトの増加によって硬度が低下する傾向がある。
| 焼入れ温度(℃) | 950 | 1000 | 1050 | 1100 | 1150 |
|---|---|---|---|---|---|
| 硬度(HRC) | 50 | 53 | 55 | 53 | 52 |
耐食性
SUS420J2の耐食性は、マルテンサイト系の中では標準的なレベルにある。クロム含有量は12〜14%であり、不動態皮膜の形成に必要な最低限のクロム量を確保しているが、炭素量が高いためクロム炭化物が析出しやすく、粒界付近でのクロム枯渇が耐食性を低下させる要因となる。オーステナイト系のSUS304や析出硬化系のSUS630と比較すると耐食性は劣るが、一般的な炭素鋼よりは優れており、水分の少ない環境や油中での使用では実用上十分な耐食性を示す。塩水環境や酸性環境での使用には防食処理の検討が必要である。
同系鋼種との比較
マルテンサイト系ステンレス鋼の代表的な鋼種とSUS420J2を比較すると、炭素量の違いによる硬度差が明確である。SUS410(C:0.08〜0.15%)は靭性と溶接性に優れる汎用鋼種、SUS420J1(C:0.16〜0.25%)はその中間的な特性を持つ。SUS420J2はSUS410やSUS420J1よりも炭素量が多く、焼入れ後の最高硬度が高い反面、靭性はやや劣る。さらに炭素量を高めたSUS440C(C:0.95〜1.20%)はステンレス鋼中最高レベルの硬度を誇るが、耐食性と靭性はさらに低下する。
- SUS410:汎用マルテンサイト系。靭性・溶接性に優れ、バルブ・ポンプ部品に多用される。
- SUS420J1:SUS420J2の低炭素版。硬度はやや低いが靭性が高い。
- SUS420J2:高硬度と中程度の靭性のバランスが良く、刃物・ゲージ類に最適。
- SUS440C:最高硬度を誇るが靭性・耐食性は最も低い。ベアリング・精密刃物向け。
用途
SUS420J2は高硬度・耐摩耗性が必要で、かつ中程度の耐食性も求められる用途に広く採用されている。日用刃物(包丁・はさみ・ナイフ)分野では刃持ちの良さと適度な耐食性から最も多用される鋼種の一つであり、スプリングバックが少なく研削・研磨加工に適している点も採用の理由となっている。精密機械分野ではゲージ類、ノズル、スリーブ、シャフトといった機械加工部品に使用される。医療・食品機器向けには外科器具や食品加工機械の刃部品として採用実績があり、適切な表面仕上げと保管管理のもとで運用されている。
- 日用刃物:包丁、はさみ、ナイフ、カミソリ刃
- 精密機械部品:ゲージ、ノズル、シャフト、スリーブ
- 産業機械:ポンプ軸、バルブシート、耐摩耗部品
- 医療・食品機器:外科器具、食品加工機械の刃部品
加工性と溶接性
SUS420J2の切削加工は、焼なまし状態(軟化状態)で行うのが基本である。炭化物が球状化した焼なまし材は加工性が良好で、超硬工具や高速度工具鋼製工具による通常の切削が可能である。一方、焼入れ後は硬度がHRC50を超えるため、切削加工は困難となり、研削加工が主体となる。溶接性については、高炭素量に起因する熱影響部の焼入れ硬化と割れリスクがあるため、溶接施工には予熱(150〜250℃程度)および溶接後の速やかな焼戻しが推奨される。溶接部の硬化と脆化を抑制するため、低炭素の溶接材料を使用することも有効な手段である。
物理的性質
SUS420J2の主な物理的性質を以下に示す。密度は約7.78 g/cm³で炭素鋼と同等の重量感がある。熱膨張係数は0〜100℃の範囲で10.3×10-6/℃であり、精密部品の寸法設計においては温度変化による伸縮量の見積もりが必要となる。縦弾性係数は204 GPaで一般鋼材と同等の剛性を持ち、残留応力の管理を含む精密機器設計においても適用しやすい材料である。焼入れ処理後は磁性を示すため、非磁性が要求される環境には適さない点も選定時に確認が必要である。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 密度(g/cm³) | 7.78 |
| 線熱膨張係数(0〜100℃)(×10-6/℃) | 10.3 |
| 熱伝導率(W/mK) | 25.1 |
| 縦弾性係数(GPa) | 204 |
| 比電気抵抗(μΩ・cm) | 57 |
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