PHS
PHSは“小型移動体通信システム”を実現するために開発された方式である。公衆網と家庭内やオフィス内など、限られたエリアの通信をシームレスにつなぐ特徴を持ち、デジタル技術を活用した安定した音声通話と、比較的低コストなインフラ整備が可能とされた。普及当初は軽量端末やクリアな通話品質、メール機能などにより注目を集めたが、携帯電話の高速化やスマートフォンの普及に伴って市場シェアが縮小しつつある。現在でも医療機関や工場など、一部の現場において通信品質や端末コストのバランスを活かしたニーズが残り、特定用途での活躍が続けられている。
開発の経緯
日本国内でPHSが登場した背景には、既存の携帯電話のサービスエリアを補完しつつ、市街地や屋内において高音質で安価な通話を実現するという目標があった。NTTやDDIポケット(後のウィルコム)などが中心となり、基地局を小型・低出力で設置しやすい無線方式として開発が進められた。もともとコードレス電話の進化版として扱われる側面も強く、公衆回線に直接つなげる形で広範囲をカバーする方式として位置付けられた経緯がある。
技術的特徴
PHSはTDMA(時分割多元接続)に基づく通信方式であり、周波数帯域を複数の時分割チャネルに分割して複数端末が同時通信を行う。送信出力が数十mW程度と低いため、基地局の設置範囲は通常数百メートルから最大数キロメートル程度である。一方、繰り返し配置できる小型基地局の利点により建物内部や鉄道など多様な環境に対応可能とされ、混雑しやすいエリアでも比較的安定した通信を確保できる点が注目された。高い周波数再利用効率が得られる仕組みが、低コスト運用を実現する基盤となっている。
サービスと端末
PHSサービスは当初、小型端末と明瞭な音質をアピールポイントとして急速に普及した。端末間通話が定額化されたプランや、メールやデータ通信を手軽に利用できる利便性が人気の理由であった。加えて、ビジネス用途では持ち運びしやすい端末を複数台導入することで社内連絡をスムーズに行うなど、携帯電話とは一線を画した使われ方も多く見られた。しかし携帯電話の高速データ通信が一般化し、スマートフォンが広く受け入れられるにつれ、消費者がPHSを選択する機会は減少していった。
通信品質とエリア構成
PHSのエリア構築には小型基地局を多数配備する必要があるが、一つ一つの基地局が扱う出力が低いため、ノイズや混信のリスクが相対的に少ないメリットがある。また室内や地下街などで基地局を増設する際も、高出力のアンテナ設置に比べて制約が少なく、きめ細やかなカバレッジを実現しやすい。ユーザ数が急増しやすい都市中心部でも、周波数の再利用度を上げながら大量の通話を捌ける仕組みが採用されていた。ただし、高速データ通信や広範囲な移動に対応する点では携帯電話に一日の長があり、全体的な利用場面は限定的になっていった。
医療・ビジネス領域での活用
医療機関などでは電波干渉が少なく、かつ院内PHSシステムを構築しやすいことから今なおPHSが利用されるケースが多い。携帯電話の電波強度やトランシーバーではカバーしきれない安定通話が必要とされる現場で、医療従事者間の連絡手段として不可欠なインフラになっている。また工場や広い倉庫など、特定の範囲をカバーしつつスタッフ同士のコミュニケーションを円滑に行いたい現場でも、小型基地局の柔軟な配置が重宝されている。
市場動向と課題
携帯電話やスマートフォンが主流となる中でPHSの新規契約数は減少の一途をたどり、主要キャリアによるサービス終了も相次いで発表されてきた。利用者数が少なくなるほど維持管理コストの負担が大きくなり、ネットワーク更新や周辺技術との互換性確保も難しくなる。一方で特殊用途として残るニーズを満たすため、システムのメンテナンスや端末の供給を継続するソリューションも一部には存在する。完全に消滅するかどうかは、今後の代替技術との競合や利用者ニーズの変化次第といえる。
将来と位置付け
PHSは一時代を築いた通信方式であったが、技術革新の波により主要なモバイル通信手段としての地位は後退した。それでも屋内を中心とする高品質な音声通話や、専用端末を活かした業務支援などで生き残りの道が模索されている。次世代通信の普及と合わせ、必要最小限のコストで安定運用を実現する特殊通信インフラとして、今なお特定分野での需要が見込まれる状況である。