園地(律令)|律令制下での野菜や果樹の栽培区画

園地(律令)

園地(律令)とは、日本の律令制において、桑や漆などの樹木を栽培するために設定された土地の区分である。古代の土地制度である班田収授法の下では、農民に与えられる口分田が公地としての性格を強く持ち、一代限りの貸与であったのに対し、園地(律令)は宅地とともに永代私有が認められていた点に最大の特徴がある。主に養蚕のための桑や、工芸品の材料となる漆の供給を目的としており、律令国家の経済基盤や手工業を支える重要な空間であった。

園地の定義と性格

律令法、特に大宝律令や養老律令の「田令」の規定によれば、土地は機能や権利関係によって細かく分類されていた。園地(律令)は、稲作を行う田とは異なり、永続的な収穫が見込まれる樹木(永年性作物)を植えるための土地である。このため、頻繁な再配分が行われる班田制度の枠外に置かれ、所有者が死亡した後も子孫へ継承することが許可される「永代私有」の権利が確立していた。これは、樹木が成長して収穫に至るまでに長い年月を要するという生物学的な特性を考慮した法的な配慮であったと考えられている。

栽培作物と役割

園地(律令)で主に栽培が推奨されたのは、桑とである。養蚕業は当時の重要な産業であり、絹は納税(調)の主要な品目であったため、桑の栽培は国家的に奨励された。また、漆は器物や建築の塗装に不可欠な素材であり、官営手工業の維持に欠かせなかった。法律では、家屋の規模や戸の等級に応じて植栽すべき本数が定められることもあり、単なる私的な農園というだけでなく、国家的な物資調達計画の一部としての側面も併せ持っていた。

口分田との比較

園地(律令)と口分田は、ともに律令農民の生活基盤であったが、その法的性質は大きく異なる。以下の表は、両者の主な違いをまとめたものである。

比較項目 口分田 園地(律令)宅地
主な用途 稲作(主食の生産) 桑・漆の栽培、居住
権利形態 一代限りの公有地貸与 永代私有(相続可能)
再配分 6年一班(班田)の対象 対象外
所有権の根拠 公地公民制に基づく分配 占定および相続

地子と税制

園地(律令)は永代私有が認められていたが、完全に無税であったわけではない。私有地としての性格が強まるにつれ、国家はその収益に対して一定の租税を課すようになった。特に平安時代以降、公領における園地(律令)は、地子(土地利用料)の徴収対象となることが多かった。また、園地での収穫物である絹や漆そのものが、調や庸といった人頭税の支払い能力を裏付けるものとなっていた。

制度の変遷と解体

律令制が弛緩し始めると、園地(律令)の性格も変化した。当初は農民の小規模な経営が想定されていたが、次第に有力貴族や寺社による大規模な「園地」の占定が進んだ。これは後の荘園形成の一助となった。特に、墾田永年私財法の発布以降は、開墾された土地がすべて私有地化されたため、従来の班田制度に基づく区分としての園地(律令)は、より広義の私領の一部へと吸収されていった。

補足事項

漆園の管理

特に漆については、重要な戦略物資であったため、官司が直接管理する「漆園」も存在した。これらは一般農民の園地(律令)とは区別され、技術者集団によって維持されていた。

相続の実際

園地(律令)の永代私有は、あくまで「戸」を単位として維持されるものであった。戸主が死亡した場合、その権利は法定の相続人へと引き継がれ、荒廃しない限りはその家系に属し続けることが保証されていた。

  • 園地(律令)は、律令法における「田令」によって規定された。
  • 稲作以外の永年性作物の栽培を目的とした土地である。
  • 宅地と同様に売買や相続が比較的自由に行われた。
  • 国家による養蚕・工芸奨励の基盤となった。
  1. 土地の占定と登記
  2. 桑・漆などの苗木の植え付け
  3. 収穫物による納税や家計の維持
  4. 次世代への土地と樹木の継承

「凡そ園地宅地は、各々その戸に給え。並びに永代の財として、伝えて子孫に付せ。」(養老律令・田令の趣旨)