江戸の打ちこわし|物価高に抗い豪商を襲った都市暴動

江戸の打ちこわし

江戸の打ちこわしとは、江戸時代の都市部において、米価の高騰や食料不足に苦しむ民衆が、米を買い占めていると見なされた米問屋や特権商人らの家屋を破壊した暴動行為を指す。これは農村部で発生する百姓一揆とは異なり、主に都市の賃労働者や貧困層が主体となって行われた。江戸の打ちこわしの主な目的は、不正な利益を上げている商人を懲らしめることや、高騰した米価の引き下げを要求することにあり、略奪よりも建物の損壊という象徴的な破壊活動が中心であった。特に幕政の転換期や大規模な飢饉の際に頻発し、幕府の経済政策の失敗や社会不安を象徴する出来事として歴史的に重要視されている。

発生の社会的背景と経済要因

江戸の打ちこわしが発生する最大の要因は、都市部における物価、特に米価の異常な高騰である。江戸時代中期以降、貨幣経済が浸透するにつれて、都市住民の生活は市場価格に強く依存するようになった。しかし、天候不順による飢饉が発生すると、収穫量の減少に乗じて商人が米を買い占め(積置)、さらなる価格上昇を待つという行為が横行した。これにより、日雇い労働者などの低所得層は食料を確保できなくなり、生存の危機に直面した。また、幕府による貨幣改鋳や独占的な株仲間の推奨といった経済政策が、結果として流通の混乱を招き、民衆の不満を爆発させる下地を作ったことも見逃せない。

歴史的な大規模打ちこわし

江戸の歴史において、特に規模が大きく社会に衝撃を与えた江戸の打ちこわしは、天明期と天保期の二つの時期に集中している。1787年(天明7年)に発生した「天明の打ちこわし」は、天明の大飢饉による米不足が原因であり、江戸市中の米屋、酒屋、質屋など数千軒が襲撃される未曾有の事態となった。これにより松平定信による寛政の改革が断行されるきっかけとなった。また、1837年(天保8年)には、天保の大飢饉の最中に大塩平八郎の乱が大阪で発生し、その影響が江戸にも波及して大規模な江戸の打ちこわしが発生した。この混乱を収拾するために水野忠邦による天保の改革が試みられたが、民衆の生活困窮を根本から解決するには至らなかった。

打ちこわしの作法と行動原理

江戸の打ちこわしには、単なる暴動とは異なる特有の「作法」が存在したことが指摘されている。民衆は米屋を襲撃する際、家屋の壁や屋根、家具などを徹底的に破壊したが、家財道具を盗み出す「略奪」は禁忌とされていた。これは、自らの行動を「不正な商人を懲らしめる正義の行い」として正当化するためであり、私利私欲による犯罪ではないことを世間に示す意図があった。破壊された米が路上の泥にまみれても、それを持ち帰る者は稀であったとされる。このような秩序ある破壊活動は、都市共同体における一種の自浄作用や、権力に対する民衆の直接的な意思表示という側面を持っていた。

幕府の対応と救済策

江戸の打ちこわしが発生した際、幕府の町奉行所は当初、武力による鎮圧を試みたが、あまりの人数に手が出せないことも多かった。事態の沈静化のために、幕府はしばしば「お救い米」の放出や、富裕な商人に命じて困窮者に金銭を分配させる「施行」を強制的に行わせた。また、米価の引き下げを命じる触書を出し、買い占めを厳しく取り締まる姿勢を見せた。しかし、これらは一時的な対症療法に過ぎず、根本的な流通システムの改革には至らなかった。幕府は、打ちこわしを主導した者を処罰する一方で、民衆の不満を和らげるために享保の改革以来の伝統である慈善的な救済策を併用せざるを得なかったのである。

江戸三大改革と打ちこわしの関連

改革名 主な時期 関連する打ちこわし・騒動 経済的背景
享保の改革 1716年〜 享保の飢饉に伴う初期の暴動 米価の不安定化と緊縮財政
寛政の改革 1787年〜 天明の打ちこわし(1787年) 天明の大飢饉と物価高騰
天保の改革 1841年〜 天保の打ちこわし(1837年) 天保の大飢饉と大塩平八郎の乱

社会構造への影響と終焉

江戸の打ちこわしは、幕藩体制の矛盾を露呈させる要因となった。都市住民が直接行動によって政治や経済に影響を与えようとする姿勢は、やがて幕末の動乱期における米騒動や、世直し一揆へと変質していく。明治維新以降、近代的な警察組織や市場経済が整備されることで、伝統的な形式としての江戸の打ちこわしは姿を消すが、食料問題が政権の存立を揺るがすという構図は、後の1918年の米騒動などにも引き継がれていくこととなった。

  • 打ちこわしは、都市の貧困層による生存権の主張でもあった。
  • 「火事と喧嘩は江戸の華」と言われたが、打ちこわしもまた江戸の日常的な危機の延長線上にあった。
  • 破壊対象となった商人は、単に裕福なだけでなく、幕府と癒着した特権階級であった。
  • この行動は、後の「ええじゃないか」などの社会現象とも底流で繋がっている。