フェデラリスト
フェデラリストは、18世紀末のアメリカ合衆国で合衆国憲法の批准を支持するために書かれた政治論文集である。1787年から1788年にかけて、アレクサンダー・ハミルトン、ジェイムズ・マディソン、ジョン・ジェイが「Publius」の筆名で新聞に連載し、その後85編が1冊にまとめられた。弱体な連合規約体制を改め、強固な連邦政府を樹立しようとした憲法制定派の理論的武器であり、アメリカ合衆国の建国と合衆国憲法の制定の思想的背景を知るうえで欠かせない史料である。
成立の歴史的背景
アメリカ独立戦争後、13州は連合規約のもとで緩やかな同盟を結んでいたが、財政基盤の脆弱さや外交・軍事での統一行動の困難さが露呈した。この危機を克服するために開かれたフィラデルフィアの憲法制定会議では、新たな連邦憲法案が起草されるが、その批准をめぐって各州で激しい論争が起こる。ニューヨークでは特に反対意見が強く、憲法支持派である連邦派の理論的説得が必要とされた。その要請にこたえる形で構想された宣伝・啓蒙文書がフェデラリストであり、連合規約下の連合会議体制を批判し、新憲法の優位を示すことが主要な目的であった。
執筆者と出版形態
フェデラリストの中心的な起草者は、財政・金融政策で知られるハミルトンと、後に大統領となるマディソンであり、外交官として名高いジェイも初期の数篇を担当した。彼らはニューヨークの新聞に短い論説として次々に寄稿し、それを読者が継続的に追えるようにしたうえで、のちに単行本としてまとめた。全85篇は、合衆国の統一の必要性、連合規約の欠陥、連邦政府と州政府の権限配分、権力分立と抑制均衡、常備軍や課税権、司法権のあり方など、多様なテーマを体系的に論じている。このようにフェデラリストは、新憲法の逐条解説であると同時に、近代国家の構造をめぐる原理的考察でもあった。
主要な論点
- フェデラリストは、広大な共和国であっても適切な代表制を設計すれば自由は維持可能であり、小国分立よりも大きな連邦が派閥の害を抑えると主張した。
- 立法・行政・司法の権力分立と相互抑制により、権力の集中と専制を防ぎつつ、有効な政府を実現できると論じた。
- 連邦政府に対する十分な課税権と軍事権限を認めることが、対外安全と信用力の確保に不可欠であると説いた。
- 連邦と州の関係については、両者がそれぞれ固有の権限を持つ重層的な体制を構想し、連邦主義の理論を提示した。
反連邦派との論争
新憲法に反対した勢力は一般に反連邦派と呼ばれ、強力な連邦政府が自由を侵害し、遠隔の中央権力が人民から遊離するのではないかと懸念した。これに対しフェデラリストは、抑制均衡に支えられた連邦政府がむしろ自由の保護者となると論じたが、個人の権利保障を条文として明記すべきだという反連邦派の主張も影響力を持ち、後に権利章典が修正として付加されることになった。こうしてフェデラリストは、対立する政治勢力との論争を通じて、自由と権力の均衡を理論的に整理し、のちの政党政治の枠組みにも影響を与えた。
評価と影響
フェデラリストは、初期アメリカ政治思想の集大成として後世に読み継がれ、最高裁判所の判決や憲法学の議論でしばしば参照されてきた。とくにマディソンによる派閥論は、近代政党制や利益団体の問題を考える際の古典的テキストとされる。また、ハミルトンらが構想した強力な連邦政府像は、その後のアメリカ合衆国国旗や星条旗に象徴される統一国家のイメージとも結びつき、国民的シンボルの形成にも寄与したと解釈される。今日でもフェデラリストは、合衆国憲法の原意を理解するための第一級史料であり、近代立憲主義と連邦主義を学ぶうえで重要な文献として位置づけられている。