規模の経済
規模の経済とは、生産量や事業規模を大きくするほど、製品1単位あたりの平均費用が下がる現象を指す。英語ではeconomies of scaleと呼ばれ、ミクロ経済学の基本概念の一つである。主な要因は、固定費をより多くの製品で分担できること、設備を大型化すると効率が上がること、分業によって作業を専門化できることなどである。自動車、化学、半導体といった装置産業や組立産業で、特にはっきりと現れる。
ピン工場から始まった議論
1776年、アダム・スミスは『国富論』の冒頭でピン製造を例に挙げた。職人が1人ですべての工程をこなすと、1日に20本も作れない。ところが、針金を伸ばす、切る、先を尖らせるといった約18の工程を10人で分担すると、1日に約48,000本、1人あたり4,800本も作れたという。分業は、生産規模が大きくなって初めて成り立つ。作業者が一つの作業に熟練し、作業の切り替えにかかる時間も減るからである。この観察が、のちに規模の経済と呼ばれる考え方のもとになった。20世紀に入ると、フォードが1913年にハイランドパーク工場へ移動式の組立ラインを導入した。T型フォードの価格は、発売時(1908年)の850ドルから、1920年代半ばには300ドルを下回るまで下がっている。大量生産方式の代表例として、今も教科書でよく取り上げられる。
平均費用が下がる仕組み
総費用は二つに分けられる。生産量に関係なくかかる固定費と、生産量に比例して増える変動費である。たとえば金型代が3,000万円の樹脂部品を1万個しか作らなければ、1個あたり3,000円の金型代が乗る。100万個作れば、1個あたりわずか30円で済む。生産量が増えるにつれて平均費用が下がっていく範囲で、規模の経済が働いていることになる。平均費用が最も低くなる生産量のうち、いちばん小さいものを最小効率規模(MES:Minimum Efficient Scale)と呼ぶ。市場全体の大きさに比べてMESが大きい産業では、採算をとれる企業の数が限られる。そのため、少数の企業が市場を占める寡占になりやすい。
化学プラントの0.6乗則
設備を大きくしたときの効果を表す経験則として、プラントエンジニアリングの分野では「0.6乗則」がよく知られている。容量Q1の設備の建設費をC1とすると、容量Q2の設備の建設費C2は、おおよそ C2 = C1 × (Q2 / Q1)0.6 と見積もれる。タンクや反応器の費用は、使う鋼板の量、つまり表面積にほぼ比例する。これに対し、処理能力は容積に比例する。容積を2倍にしても表面積は約1.59倍(22/3)にしかならないので、容量を倍にしても建設費は約1.52倍(20.6)で済む計算になる。エチレンプラントの年間生産能力は、1960年代の数万トン規模から、現在は100万トン級まで大型化した。その背景には、この関係がある。ただし、指数の値は設備の種類によって0.4〜0.9程度まで幅がある。このため、実務では構想段階の大まかな見積もりにとどめて使うのが普通である。
内部経済と外部経済
イギリスの経済学者アルフレッド・マーシャルは、1890年の『経済学原理』で、規模の利益を二つに分けて考えた。一つは、一つの企業が自社の規模を大きくすることで得る「内部経済」である。もう一つは、同じ業種の企業が一つの地域に集まることで、業界全体が得る「外部経済」である。東大阪や燕三条の金属加工業のような産業集積では、めっきや熱処理などの外注先がすぐ近くで見つかり、熟練した人材も確保しやすい。1社だけでは小さな町工場でも、地域全体で見れば大規模な生産体制に近い効率が得られるわけである。
似た概念との違い
現場の議論では、規模の経済、範囲の経済、経験曲線の三つが混同されやすい。どれも「たくさん作れば安くなる」という点は同じだが、何の量が効いているのかが違う。経験曲線は、1960年代にボストン コンサルティング グループが提唱した。累積の生産量が2倍になるたびに、単位あたりのコストが20〜30%下がるとされている。
| 概念 | 基準となる量 | コストが下がる主な理由 | 製造業での例 |
|---|---|---|---|
| 規模の経済 | ある時点での生産量・設備の大きさ | 固定費の分担、設備の大型化 | 大型高炉、大型プレスライン |
| 範囲の経済 | 扱う製品の種類の数 | 設備や技術を複数の製品で共用 | 共通の車台(プラットフォーム)で複数の車種を生産 |
| 経験曲線 | これまでの累積生産量 | 熟練、工程の改善、歩留まりの向上 | 太陽電池モジュール、液晶パネル |
製造現場で見落とされやすい点
設備を大きくしても、フル稼働させなければ規模の利益は得られない。月に10万個作れるラインを6万個しか動かさなければ、1個あたりの固定費は約1.67倍に膨らむ。設備投資の社内稟議では、需要の見込みを楽観的に置いて能力を大きめに計画しがちである。しかし実際には、稼働率が70%を下回るあたりから、中規模のラインを2本持つほうが有利になることも珍しくない。損益分岐点が高くなりすぎると、需要が少し減っただけで赤字に転じやすくなる。量産立ち上げの初期は、まず小型で柔軟な設備で始め、需要が固まってから専用ラインに切り替える。こうした段階的な投資は、自動車部品メーカーの間で広く使われているやり方である。
半導体ウエハーの大口径化
シリコンウエハーの直径が200mmから300mmになると、面積は2.25倍に増え、1枚から取れるチップの数はおよそ2.5倍になる。1枚あたりの加工コストの増え方はこれより小さいため、チップ1個のコストは大きく下がった。その一方で、最先端の工場1か所あたりの設備投資は数兆円規模に達している。450mmウエハーへの移行も2010年代に検討されたが、装置メーカーの開発負担が重すぎるとして見送られた。
規模の不経済が生じる条件
規模が一定の水準を超えると、逆に平均費用が上がり始める。これを規模の不経済という。長い期間で見た平均費用の曲線がU字形になるのは、このためである。主な原因として、次のようなものがある。
- 管理の階層が増え、意思決定や情報伝達が遅くなる
- 生産拠点を1か所に集めることで、顧客までの輸送距離と物流費が増える
- 大型設備の段取り替えに時間がかかり、多品種少量の生産に対応しにくくなる
- 一つの拠点が止まったときに、生産全体が止まる危険が大きくなる
2011年の東日本大震災では、自動車向けマイコンを作っていた半導体工場が被災し、国内外の完成車メーカーで生産が止まった。生産を1か所に集めて効率を高めた結果、サプライチェーン全体が弱くなるという面が表に出た例である。それ以降、多くの製造業では、規模の経済を多少犠牲にしてでも生産拠点を2か所以上に分け、在庫を積み増して備える動きが広がっている。
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