紅軍|中国共産党の革命武装勢力

紅軍

紅軍は、中国共産党が指導した革命軍事組織であり、正式名称を中国工農紅軍と称する。1927年以降の中国内戦期に、都市での蜂起に失敗した中国共産党が農村に拠点を移し、農民を中心とする武装勢力として形成した軍隊である。のちに抗日戦争期の八路軍・新四軍、さらに中華人民共和国成立後の中国人民解放軍へと発展していく前段階の組織であり、中国革命史において中心的な役割を果たした存在である。

成立の歴史的背景

20世紀初頭の中国は軍閥割拠と列強の干渉が続き、政治的統一と社会改革が急務とされていた。この状況のなかで中国国民党と中国共産党は第一次国共合作を結び、北伐を通じて統一政権の樹立を目指した。この過程は後に国民政府の中国統一として知られるが、同時期に満州支配をめぐる張作霖爆殺事件や、日本軍の対外進出に関連する山東出兵済南事件が発生し、中国社会の不安定さをさらに増大させた。やがて蒋介石は共産党弾圧に転じ、都市での蜂起は壊滅的打撃を受けるが、その一部の武装部隊が農村へ退き、ゲリラ戦を展開するなかで紅軍が誕生したのである。

組織構造と農村拠点戦略

紅軍の特徴は、党の指導と軍事行動が密接に結びついていた点にある。軍の各部隊には政治委員が配置され、軍事指揮官と並ぶ権限をもって兵士の思想教育や大衆工作を担当した。とくに毛沢東は、農村に拠点を置き、貧農・雇農を基盤とする「農民の軍隊」として紅軍を位置づけた。沿海部の資本主義の発展や浙江財閥のような新興財閥、都市に根を張る買弁的勢力に対抗し、農村における土地革命を推進することで、旧来の地主制に不満を抱く農民層を組織し、武装闘争へと動員していったのである。

  • 党指導のもとで政治工作と軍事行動を一体化したこと
  • 農村根拠地を構築し、住民と密接な関係を保ったこと
  • 規律ある行動を要求し、略奪を禁じることで支持を得たこと

内戦と長征の経験

国民政府は、勢力を拡大する紅軍を脅威とみなし、1930年代前半に包囲殲滅作戦を繰り返した。江西省を中心として成立していたソビエト政権は圧迫され、紅軍は大規模な撤退を余儀なくされる。この過程で行われた戦略的退却がいわゆる「長征」であり、長距離の行軍と幾度もの戦闘を通じて多くの犠牲を出しながらも、一部の部隊は陝北へ到達して生き残った。長征の過程で党内主導権は毛沢東らに集中し、のちに延安を中心とする新たな革命拠点が形成される。さらに張学良による西安事件(張学良が蒋介石を拘束した事件)を契機に、国共両党は再び協力へと舵を切り、紅軍はその位置づけを変えながら抗日戦争の舞台へ進むことになる。

抗日戦争と人民解放軍への発展

1937年の日中全面戦争の勃発により、国共両党は第二次国共合作を結成し、共同で対日戦争を戦う方針を掲げた。このとき紅軍は名目上、国民政府軍の編制に組み込まれ、主力部隊は八路軍や新四軍として再編された。これらの部隊は日本軍の背後に広大な抗日根拠地を築き、ゲリラ戦と宣伝工作を通じて農民を組織し、地域社会に浸透していった。都市部では国民政府軍が正面戦を担う一方、農村では紅軍の伝統を継ぐ部隊が勢力を伸ばし、抗日戦争終結後の内戦再燃に備える基盤を整えた。戦後、内戦が再び激化すると、これらの部隊は統合・拡張され、中国人民解放軍として再編成される。近代中国における政治権力の移行は、こうした軍事組織の変化と密接に結びついており、紅軍はその出発点として、中国革命史および現代中国国家形成を理解するうえで極めて重要な位置を占めている。