直|まっすぐ貫く本質と誠実さを知る道

は、古代日本の氏姓制度において用いられた姓(カバネ)の一つである。氏(ウジ)と結びついて個人名の一部を構成し、王権との関係や系譜的な位置づけを示す役割を担った。文献史料だけでなく木簡などの実務資料にも痕跡がみられ、律令国家が形成される過程での社会編成や官人制の運用を読み解く手がかりとなる。

読みと用法

は、氏名表記の中で「○○」のように氏の後に付され、個人の通称的な呼称というより、出自・家格の表示として機能した。史料上は漢字一字で表されるが、実際の運用では氏(ウジ)と一体で認識され、同名異系統の区別や公的文書上の同定にも用いられた。こうした姓(カバネ)の性格は、氏姓制度の枠組みの中で理解される。

成立の背景

が用いられるようになる背景には、ヤマト王権が諸地域の有力者や職能集団を編成し、貢進・軍事・祭祀・造営などの役務を通じて統合していった過程がある。古墳時代後期から飛鳥期にかけて、氏(ウジ)の編成や称号の整備が進み、のちの国家的な戸籍・計帳の運用へとつながる基盤が形成された。政治改革の流れは飛鳥時代大化の改新と関わって語られることが多い。

授与の対象と広がり

は、地域的な首長層や王権の周辺で特定の役務を担った氏族に付された例が知られる。とくに葬送・祭祀・土木に関与した系譜を伝える氏族が史料に現れやすく、氏(ウジ)名と結びついて公的な場で用いられた。

  • 王権の儀礼・祭祀に関わる氏族の称号として見える場合がある
  • 造営や労役の編成に関与する集団が、氏名表記の中で用いた痕跡がある
  • 地方社会の有力者が中央の文書体系に組み込まれる際の標識として現れることがある

このような広がりは、氏族編成の実態が一様ではなく、中央と地方の連動の中で多層的に展開したことを示唆する。

八色の姓との関係

天武朝の政治過程では、姓(カバネ)の整理と再編が行われたことが知られる。いわゆる八色の姓の制定は、王権が家々の系譜的秩序を再構成し、官人制や儀礼秩序と接続するための制度的措置として位置づけられる。を名乗っていた系譜が、その後の史料で別の姓(カバネ)表記に移行することもあり、改姓・叙姓の動きは家の由緒や政治的関係の変動と結びついて把握される。政策主体としての天武天皇をめぐる記事は、史料批判とあわせて検討される。

史料にみえる用例

の確認には、編年体史料と行政実務資料の双方が有効である。たとえば日本書紀続日本紀などでは、人名表記の一部として現れ、叙位叙官・使節・儀礼記事の中で同定される。いっぽう、木簡に代表される実務資料では、輸送・調庸・造営などの現場に関する記載の中で氏名表記が残り、制度の運用実態や地域間の結節のあり方を具体的に示す場合がある。

律令国家の官人制と氏名表記

のような姓(カバネ)は、律令的な官僚制が整うにつれて、官位・官職の表記と併置されるかたちで用いられ、個人の身分的同定に寄与した。律令制の下では、官司の文書、戸籍・計帳、寺院・造営関係の記録など、多様な場面で氏名表記が求められる。姓(カバネ)は単なる名乗りではなく、家の継承、奉仕関係、儀礼上の位置づけに連動する要素として理解される。

表記の揺れと解釈

同一人物や同一氏族であっても、史料の性格や書写過程によって表記が揺れることがある。漢字の選択、略記、追号の付加などが生じうるため、の確認は単独の例に依存せず、同時代の官位官職、地名、親族関係、職掌の記述を総合して行う必要がある。こうした検討は、古代の社会編成を制度史と地域史の両面から復元する際の基本作業となる。