独立派
独立派は、17世紀のイングランドにおけるピューリタン革命期に台頭した急進的プロテスタント勢力であり、各教会が国家や国教会から自立した自治権を持つべきだと主張した宗教・政治グループである。彼らは「インディペンデンツ(Independents)」とも呼ばれ、議会派の内部で重要な位置を占めつつ、全国的な長老制教会を構想する長老派と対立し、宗教的寛容と議会主権を掲げて王権と既存教会体制に挑戦した勢力として理解される。
歴史的背景
独立派の登場背景には、テューダー朝以来の国教会体制への不満と、清教徒(ピューリタン)の内部での教会制度をめぐる対立がある。エリザベス朝以降、国教会はカトリック的儀礼を残したまま維持されたが、より徹底した改革を求める清教徒の中から、会衆ごとの自治を重視する潮流が生まれた。17世紀前半、絶対王政を志向するチャールズ1世は、主教制による国教会支配と財政専制を強め、これに対し議会や市民層の不満が高まり、やがて権利の請願や大抗議書を経て内戦が勃発するに至る。
イギリスの宗教各派との関係
独立派は、当時のイギリスの宗教各派の中で、特に長老派と対置される存在である。長老派がスコットランド教会に倣い、全国的な長老制教会を樹立し信仰と教会統制を一元的に行おうとしたのに対し、独立派は各教会(会衆)が自ら牧師を選び、信仰と規律を自立的に決める会衆制(congregationalism)を主張した。両者はともに王党派と戦う議会派に属しつつも、戦争目標と宗教制度をめぐって深い亀裂を抱えたのである。
思想的特徴
独立派の思想には、プロテスタントの「信仰義認」に基づく個人の内面的信仰の重視と、教会共同体の自発的結合を尊ぶ発想が見られる。彼らは、信者の集団が自らの契約に基づいて教会を組織するという考えから、国家権力が教会に介入し教義や礼拝の形式を一律に統制することを批判した。また、完全な信教の自由には至らないものの、プロテスタント諸派に対する広い宗教的寛容を認めるべきだと主張し、後の宗教自由思想の先駆とみなされる。
教会観と政治観
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独立派は、教会の首長としての国王権を否定し、教会と国家の関係を緩やかにする方向を志向した。
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政治的には、議会の権限強化と王権の制限を支持しつつも、急進共和主義には慎重で、中間的な立場をとることが多かった。
社会的基盤と支持層
独立派の支持層は、ロンドンや地方都市の商人・手工業者、独立自営農民、一部のジェントリなど、中間層を中心としていた。彼らは市場経済の発展と結びつき、地方における自治的慣行やコモン=ローに支えられた伝統的自由を重視する傾向が強かった。そのため、専制的な課税や恣意的な裁判によって特権を拡大しようとする王権に対して批判的であり、議会側に立って内戦を支持する社会的土台を提供した。
新模範軍との結びつき
独立派は、内戦期に編成された「New Model Army(新模範軍)」と深く結びついた。オリヴァー・クロムウェルをはじめとする多くの将校や兵士は、敬虔な清教徒でありながら会衆制的傾向を持ち、独立派の宗教観と政治観に共鳴した。軍隊内部では、軍人としての身分にかかわらず信仰における平等性が強調され、祈祷会や討議集会を通じて聖書解釈と政治問題が議論された。この軍と議会との対立は、やがて長期議会からの軍の政治的自立、ひいては国王処刑と共和国樹立へとつながっていく。
議会政治との関係
内戦初期、短期議会と長期議会は、専制的な王権に対抗するため長老派・独立派を含む広範な反王党連合を形成した。しかし戦局が王党派に不利になるにつれて、講和を望む長老派と、王権の大幅な制限や宗教的寛容を求める独立派のあいだで路線対立が深まった。軍と結びついた独立派は、最終的にプライドのパージによって長老派議員を排除し、「残部議会(Rump Parliament)」を通じて王政廃止と共和国樹立を主導したのである。
法と権利をめぐる議論
独立派は、王権を法の下におくという観点から、慣習法や議会の法制定権を重視した。彼らは、旧来の特権裁判所を批判した法学者クックや、法の支配を擁護したコークらの議論を評価し、王もまた法の支配を受けるべきであると主張した。このような議論は、権利の請願や大抗議書に引き継がれ、王権の恣意的行使を制約する近代的な権利思想へと発展していく。
急進派との関係と内部の緊張
独立派は、軍隊内部で台頭したレヴェラーズ(Levellers)など、より急進的な民主主義勢力とも複雑な関係にあった。レヴェラーズは、普通選挙や信教の自由、法の下の平等などを強く主張し、一部では独立派の将校とも連携したが、クロムウェルら指導部は秩序維持の観点から彼らを抑圧した。それでも、議会主権や権利意識の高まりには、こうした急進派との対話や衝突が少なからぬ影響を与えたと考えられる。
王政復古とその後の影響
1660年に王政が復古すると、独立派の多くは政治的影響力を失い、一部は迫害の対象となった。しかし、彼らの会衆制教会は、のちの「ノンコンフォーミスト」や「フリーチャーチ」として生き残り、アメリカやオランダなど他地域のプロテスタント諸教会にも影響を与えた。宗教的寛容の拡大や、国家から分離した自立的な市民社会の形成において、独立派の経験は重要な前史をなしていると評価される。
歴史的意義
独立派は、単に17世紀イングランドの宗教派閥の一つではなく、教会と国家の関係、信教の自由、議会主権といった近代的テーマを先取りした存在である。スコットランドの反乱やピューリタン革命という動乱の中で、彼らは既存秩序に挑戦し、新たな政治・宗教秩序の可能性を模索した。その思想と実践は、のちの立憲主義や宗教的多元主義の発展に大きな影響を与え、近代イギリス史および西欧政治思想史において欠かすことのできない位置を占めている。