権利の請願
権利の請願は、1628年にイングランド議会がチャールズ1世に提出した政治文書である。王権が議会の同意を経ずに課税や恣意的逮捕を行うことに対し、伝統的な「イギリスの自由」の再確認を求めた点に特色がある。後の立憲主義や議会主権の発展に大きな影響を与え、イギリス革命や権利章典と並んで近代イギリス憲政史上の重要な画期とされる。
歴史的背景
17世紀前半のイングランドでは、テューダー朝に続くステュアート朝のもとで王権と議会の対立が深まっていた。ジェームズ1世とチャールズ1世は「王権神授説」に立ち、絶対王政的な支配を志向したため、課税権や宗教政策をめぐって議会としばしば衝突した。とくにチャールズ1世は議会の同意なしに強制借款を徴収し、裁判なしの投獄や軍隊の宿営を民家に命じるなど、伝統的自由を侵害する統治を行ったのである。
成立の過程
こうした状況のなか、1628年の議会ではコークら指導的議員が中心となり、王に対して古来の法と慣習の尊重を迫るために「請願」という形式を用いることを構想した。請願は新しい権利を創設するのではなく、大憲章をはじめとする既存の法的伝統にもとづき、国王が従うべき原則を列挙することを意図していた。激しい論争の末、チャールズ1世は形式的にはこの請願を受諾し、両院の同意を得て法的効力をもつ文書として承認されたのである。
内容の特徴
権利の請願の核心部分では、国王の権限を次のような点で制限することが確認された。
- いかなる課税も議会の同意なしには行ってはならないこと
- 身柄拘束は適正な理由と正規の裁判手続きにもとづかなければならず、恣意的逮捕や不当な投獄は違法であること
- 平時における軍隊の民家への宿営の強制は認められないこと
- 戦時でもないのに戒厳令を広範に適用してはならないこと
これらの原則は、王権そのものを否定するものではなかったが、王が法律の上に立つことを否定し、議会と法に拘束された統治という近代的な発想を明確にした点で重要である。
性格と限界
同時に、この文書は急進的な革命綱領ではなく、「祖先の自由」を回復するという保守的な言葉づかいをとった点にも特徴がある。議会側は、大憲章以来のコモン・ローの伝統を根拠に、王権といえども既存の法規と判例に拘束されると主張したのであり、そこにイングランド固有の法文化と近代的権利思想の交錯を見ることができる。
その後の展開と影響
しかしチャールズ1世はその後も議会を解散し、「11年専制」と呼ばれる議会なき統治を続けたため、対立はかえって激化し、やがてイギリス革命として知られる内戦へと発展することになる。権利の請願は、その過程で議会側の正当性を主張する根拠として繰り返し引用され、王権の専制を批判する象徴的文書となったのである。
近代立憲主義への連続性
権利の請願は、1689年の権利章典や18世紀以降の立憲君主制の成立、さらにはアメリカ独立宣言やフランス人権宣言などにも思想的影響を与えたと評価される。課税への同意権や身体の自由の保障といった原理は、後世の近代憲法に継承され、現在の人権保障や議会制民主主義の基礎概念の一部を成している。