溶接WPS
溶接WPS(Welding Procedure Specification)は、所定の溶接品質を再現良く実現するために必要な条件・手順を文書化した溶接施工要領書である。対象母材や継手形状、溶接プロセス、電流・電圧・移動速度、保護ガス、前熱・層間温度、溶接姿勢、開先、層数、溶接後熱処理(PWHT)などの「変数」を定義し、製造現場でのばらつきを抑制する。通常は手順の妥当性を試験で裏づけるPQR(Procedure Qualification Record)と、溶接士の技能を確認するWPQ(Welder Performance Qualification)と組み合わせて運用する。規格としては ISO 15609(WPS様式)や ISO 15614(溶接施工試験)、ASME Section IX、AWS D1.x などが参照枠となる。
定義と役割
溶接WPSは「どの条件で溶接すれば設計で要求された品質を満たすか」を明示する管理文書である。品質要求(強度、靱性、健全性)を満たす溶接金属・熱影響部を得るため、入熱の上限・下限、予熱や層間温度の範囲、開先・ギャップ・ルートフェイス、シールドガスの種類・流量、極性、溶加材記号、溶接姿勢などを定量化し、作業指示と記録の基準にする。製造・検査・トレーサビリティを一貫させることで、監査対応や不適合解析の起点にもなる。
今日の #金属加工 は溶接です。#WPS #溶接施工要領書 に沿った溶接をしているところです。#ステンレス溶接 pic.twitter.com/PWDJ7SkSe9
— ㈱テクノス三木の事務員T@金属加工(NC旋盤,マシニング,板金,溶接) (@Tec_miki_jm) October 5, 2022
規格と参照枠組み
国際的には ISO 15609 が様式要求、ISO 15614 が施工試験の方法と適用範囲の決め方を規定し、圧力機器では ASME Section IX、鋼構造では AWS D1.1 などが広く用いられる。国内ではJISが対応規格群を整備し、品質要求事項は ISO 3834 系列が指針となる。母材の適用は ISO/TR 15608 の材料グループで整理し、材料証明(いわゆるミルシート)との整合を取る。基礎概念や用語は溶接の一般項目、工法はアーク溶接やTIG溶接の記事とも連関させると理解が早い。
変数の区分(Essential/Supplementary/Nonessential)
規格はWPSの「変数」を重要度で区分する。必須変数(Essential)は変更により溶接金属の機械的性質へ影響が大きく、原則として再資格が必要である。補助必須(Supplementary)は靱性など追加要求がある場合に管理対象となる。非必須(Nonessential)は記載は要するが変更時の再資格は不要とされる。
- 必須変数の例:溶接プロセス(SMAW/GTAW/GMAW/FCAW/SAW)、母材グループと厚さ・径の範囲、溶加材分類、保護ガス組成・流量、溶接姿勢、前熱・層間温度、電流・極性、入熱または熱入力に関わる設定。
- 補助変数の例:低温靱性要求時の入熱上限、層間温度、PWHT条件など。
- 非必須の例:パスごとの運棒方法、トーチ角度、清掃方法など(ただしWPSに明記して作業の再現性を高める)。
作成手順と資格試験(PQR・WPQ)
溶接WPSは机上で任意に書けるものではなく、代表条件で実施する施工試験(PQR)で裏づける。手順は概ね次の通りである。
- PQR計画:対象製品・継手形状・材料グレード・厚さ/径・姿勢を代表化し、仮の条件ウィンドウを設定する。
- 溶接実施:各パスの電流・電圧・移動速度・入熱、層間温度を記録し、外観・寸法を管理する。
- 試験評価:引張・曲げ・衝撃・硬さ・マクロ/断面、必要に応じて RT/UT/PT/MT、流体用途では気密試験や耐圧試験を行う。
- 適用範囲決定:合格結果から厚さ・径、姿勢、入熱等の適用範囲を規格に沿って決め、WPSに反映する。
- WPQ実施:溶接士の技能はWPQで確認し、WPSのパラメータ内で製作できる体制を整える。
きれいなビードですね🤗
溶加棒の選定も良かったのでしょうね🤗目が良ければ、もっと上手くなると思います。
またWPS/PQRも書けると、良いですね🙋
厳しいことを言うと、いくらビードがきれいでも、フルペネのBW溶接で、非破壊検査に落ちることもあります😭 https://t.co/J4ZVCAeX9i— タァちゃん! (@nabe_tachan) December 7, 2024
用語の整理(WPS/PQR/WPQ)
WPSは「作業指示の仕様書」、PQRは「その仕様の妥当性の記録」、WPQは「人の技能適合の証明」である。三者は相互補完関係にあり、どれか一つが欠けても品質保証の鎖が弱くなる。
WPSの構成要素と書式
典型的な様式には、1.適用範囲(製品区分/設計要求)、2.溶接プロセス(SMAW/GTAW/GMAW/FCAW/SAW)、3.母材(ISO/TR 15608 グループ、規格記号)、4.溶加材(例:ER308L、E7018 等)、5.開先/ギャップ/ルート処理、6.姿勢(PA~PG)、7.電流・電圧・極性、8.入熱またはエネルギー密度、9.シールドガス(種類・純度・流量)、10.前熱・層間温度、11.PWHT、12.層数・パス順序、13.支持治具/裏当て、14.清掃・間欠・停止再開条件、15.検査方法と受入基準、16.記録・版管理、などが並ぶ。
実務での適用ポイント
厚み・径の適用はフィレットとバットで算定が異なるため、規格の表・注記を丁寧に読む。異材やステンレス鋼では粒界腐食・σ相・フェライト数に配慮する。GTAW(TIG溶接)では入熱管理と裏波成形、GMAW/MAG ではスパッタと混合ガス比、FCAW ではスラグ除去性、SAW ではフラックス再生管理が要点となる。要求靱性がある場合は補助変数の管理を強化し、PWHTの温度・保持時間は材料の焼戻し脆化域を避ける。材料証明や検査成績と紐づくことで、製品ライフサイクル全体の信頼性が上がる。
綺麗な溶接、コスパに優れた溶接。過剰スペック。機械の進歩でバリエーション増えてきました
顧客毎のWPS、母材種類、溶接前最終工程、治具、補機類、溶接機、溶材等様々な要因を加味し『顧客が納得し得る溶接』を数種類作り喜ばせる。ただそれだけ。出来ないと村八分になったり悲惨極まりない。— JPSPWELDERS (@jpspwelders) April 10, 2021
トレーサビリティと文書管理
溶接WPSは版管理(改定履歴・承認者・適用開始日)を明確化し、製造指示書・検査記録・材料証明と相互参照できるようにする。教育訓練ではWPSの読み方と逸脱時の是正フローを定め、内部監査で現場実態と合致しているかを確認する。変更案が必須変数に触れる場合は再資格の要否判定を記録し、監査証跡を残す。
例:圧力機器向けのWPS設計
例えば配管・圧力容器で SUS316L を対象とし、開先はV形、プロセスはルートを GTAW、充填を SMAW とする複合手順を想定する。PQRでは板厚・径の代表範囲を選定し、引張・曲げ・硬さ・マクロに加え、用途に応じて気密や水圧を実施する。WPSには入熱上限、層間温度(例:150℃以下)、ガス(Ar 99.99% など)と流量、極性(DCEN など)、電極分類、清浄度管理を具体数値で示す。材料識別やグレード管理にはSUS316Lの記号体系の理解が有用である。
よくある不適合と対策
典型例は、(1)現場条件がWPSの範囲外(入熱超過・姿勢違い)での施工、(2)材料グレードの取り違え、(3)ガス純度・流量の管理不良、(4)層間温度の過小・過大、(5)WPS版違いの誤使用、である。対策としては、チェックシート化とロギング、材料受入での識別強化、流量計の定期校正、温度計の校正と記録、電子化による版管理の徹底が挙げられる。関連知識はアーク溶接や溶接の基礎記事も参照するとよい。
2年生の溶接工学実験ではWPSの流れを学びます。
溶接の設定を失敗して裏波がボロボロの試験片ができました。(HTなのに・・・(涙))
なんとか少しでもマシな試験片を取ろうと講師が苦心した罫書がこちら pic.twitter.com/aRZnObGjSr— 日本溶接構造専門学校 (@jwsc_college) June 30, 2022
デジタル化と運用高度化
電子WPSは版管理・検索性・現場配信の即時性に優れる。PQR・WPQ・検査データをAPIで連携し、逸脱検知や入熱計算を自動化すれば、作業者は品質に直結する判断へ集中できる。規格の差分(ISO/ASME/AWS)をメタデータで保持し、装置・材料ごとに推奨窓を提示する知識ベースへ発展させることで、溶接WPSは単なる帳票からプロセス最適化の基盤へと進化する。