溶接WPS|手順・条件・検査を定める標準

溶接WPS

溶接WPS(Welding Procedure Specification)は、所定の溶接品質を再現良く実現するために必要な条件・手順を文書化した溶接施工要領書である。対象母材や継手形状、溶接プロセス、電流電圧・移動速度、保護ガス、前熱・層間温度、溶接姿勢、開先、層数、溶接後熱処理(PWHT)などの「変数」を定義し、製造現場でのばらつきを抑制する。通常は手順の妥当性を試験で裏づけるPQR(Procedure Qualification Record)と、溶接士の技能を確認するWPQ(Welder Performance Qualification)と組み合わせて運用する。規格としては ISO 15609(WPS様式)や ISO 15614(溶接施工試験)、ASME Section IX、AWS D1.x などが参照枠となる。

定義と役割

溶接WPSは「どの条件で溶接すれば設計で要求された品質を満たすか」を明示する管理文書である。品質要求(強度、靱性、健全性)を満たす溶接金属・熱影響部を得るため、入熱の上限・下限、予熱や層間温度の範囲、開先・ギャップ・ルートフェイス、シールドガスの種類・流量、極性、溶加材記号、溶接姿勢などを定量化し、作業指示と記録の基準にする。製造・検査・トレーサビリティを一貫させることで、監査対応や不適合解析の起点にもなる。

規格と参照枠組み

国際的には ISO 15609 が様式要求、ISO 15614 が施工試験の方法と適用範囲の決め方を規定し、圧力機器では ASME Section IX、鋼構造では AWS D1.1 などが広く用いられる。国内ではJISが対応規格群を整備し、品質要求事項は ISO 3834 系列が指針となる。母材の適用は ISO/TR 15608 の材料グループで整理し、材料証明(いわゆるミルシート)との整合を取る。基礎概念や用語は溶接の一般項目、工法はアーク溶接TIG溶接の記事とも連関させると理解が早い。

変数の区分(Essential/Supplementary/Nonessential)

規格はWPSの「変数」を重要度で区分する。必須変数(Essential)は変更により溶接金属の機械的性質へ影響が大きく、原則として再資格が必要である。補助必須(Supplementary)は靱性など追加要求がある場合に管理対象となる。非必須(Nonessential)は記載は要するが変更時の再資格は不要とされる。

  • 必須変数の例:溶接プロセス(SMAW/GTAW/GMAW/FCAW/SAW)、母材グループと厚さ・径の範囲、溶加材分類、保護ガス組成・流量、溶接姿勢、前熱・層間温度、電流・極性、入熱または熱入力に関わる設定。
  • 補助変数の例:低温靱性要求時の入熱上限、層間温度、PWHT条件など。
  • 非必須の例:パスごとの運棒方法、トーチ角度、清掃方法など(ただしWPSに明記して作業の再現性を高める)。

作成手順と資格試験(PQR・WPQ)

溶接WPSは机上で任意に書けるものではなく、代表条件で実施する施工試験(PQR)で裏づける。手順は概ね次の通りである。

  1. PQR計画:対象製品・継手形状・材料グレード・厚さ/径・姿勢を代表化し、仮の条件ウィンドウを設定する。
  2. 溶接実施:各パスの電流・電圧・移動速度・入熱、層間温度を記録し、外観・寸法を管理する。
  3. 試験評価:引張・曲げ・衝撃・硬さ・マクロ/断面、必要に応じて RT/UT/PT/MT、流体用途では気密試験耐圧試験を行う。
  4. 適用範囲決定:合格結果から厚さ・径、姿勢、入熱等の適用範囲を規格に沿って決め、WPSに反映する。
  5. WPQ実施:溶接士の技能はWPQで確認し、WPSのパラメータ内で製作できる体制を整える。

用語の整理(WPS/PQR/WPQ)

WPSは「作業指示の仕様書」、PQRは「その仕様の妥当性の記録」、WPQは「人の技能適合の証明」である。三者は相互補完関係にあり、どれか一つが欠けても品質保証の鎖が弱くなる。

WPSの構成要素と書式

典型的な様式には、1.適用範囲(製品区分/設計要求)、2.溶接プロセス(SMAW/GTAW/GMAW/FCAW/SAW)、3.母材(ISO/TR 15608 グループ、規格記号)、4.溶加材(例:ER308L、E7018 等)、5.開先/ギャップ/ルート処理、6.姿勢(PA~PG)、7.電流・電圧・極性、8.入熱またはエネルギー密度、9.シールドガス(種類・純度・流量)、10.前熱・層間温度、11.PWHT、12.層数・パス順序、13.支持治具/裏当て、14.清掃・間欠・停止再開条件、15.検査方法と受入基準、16.記録・版管理、などが並ぶ。

実務での適用ポイント

厚み・径の適用はフィレットとバットで算定が異なるため、規格の表・注記を丁寧に読む。異材やステンレス鋼では粒界腐食・σ相・フェライト数に配慮する。GTAW(TIG溶接)では入熱管理と裏波成形、GMAW/MAG ではスパッタと混合ガス比、FCAW ではスラグ除去性、SAW ではフラックス再生管理が要点となる。要求靱性がある場合は補助変数の管理を強化し、PWHTの温度・保持時間は材料の焼戻し脆化域を避ける。材料証明や検査成績と紐づくことで、製品ライフサイクル全体の信頼性が上がる。

トレーサビリティと文書管理

溶接WPSは版管理(改定履歴・承認者・適用開始日)を明確化し、製造指示書・検査記録・材料証明と相互参照できるようにする。教育訓練ではWPSの読み方と逸脱時の是正フローを定め、内部監査で現場実態と合致しているかを確認する。変更案が必須変数に触れる場合は再資格の要否判定を記録し、監査証跡を残す。

例:圧力機器向けのWPS設計

例えば配管・圧力容器で SUS316L を対象とし、開先はV形、プロセスはルートを GTAW、充填を SMAW とする複合手順を想定する。PQRでは板厚・径の代表範囲を選定し、引張・曲げ・硬さ・マクロに加え、用途に応じて気密や水圧を実施する。WPSには入熱上限、層間温度(例:150℃以下)、ガス(Ar 99.99% など)と流量、極性(DCEN など)、電極分類、清浄度管理を具体数値で示す。材料識別やグレード管理にはSUS316Lの記号体系の理解が有用である。

よくある不適合と対策

典型例は、(1)現場条件がWPSの範囲外(入熱超過・姿勢違い)での施工、(2)材料グレードの取り違え、(3)ガス純度・流量の管理不良、(4)層間温度の過小・過大、(5)WPS版違いの誤使用、である。対策としては、チェックシート化とロギング、材料受入での識別強化、流量計の定期校正、温度計の校正と記録、電子化による版管理の徹底が挙げられる。関連知識はアーク溶接溶接の基礎記事も参照するとよい。

デジタル化と運用高度化

電子WPSは版管理・検索性・現場配信の即時性に優れる。PQR・WPQ・検査データをAPIで連携し、逸脱検知や入熱計算を自動化すれば、作業者は品質に直結する判断へ集中できる。規格の差分(ISO/ASME/AWS)をメタデータで保持し、装置・材料ごとに推奨窓を提示する知識ベースへ発展させることで、溶接WPSは単なる帳票からプロセス最適化の基盤へと進化する。