溶接用手袋
溶接用手袋は、アーク溶接やガス溶接など高温・高輝度環境で手部を保護するための個人用保護具である。高温金属のスパッタ、紫外線・可視光の熱、電気的リスク、エッジの鋭い素材による切創から作業者の掌・指・手首を守る。主材料は耐熱性に優れるフルグレインまたはスプリットの牛革・豚革・ヤギ革で、内装に断熱ライナーや難燃フェルトを併用し、外縫い・内縫いの縫製糸にはアラミド等の耐熱糸を用いるのが一般的である。
構造と材料
溶接用手袋は、掌側の耐摩耗層、甲側の柔軟層、手首のカフ(ロングカフまたはショートカフ)で構成される。掌にはスプリットレザーを重ね、指先と親指付け根に補強パッチを設けることでつかみ動作時の磨耗を抑える。裏地は綿フリース、ケブラー混、アルミ蒸着など用途で選ぶ。ロングカフは前腕まで覆い、スパッタ侵入を抑制する。縫い目は外縫いとし、融滴の滞留を避ける設計が望ましい。
熱・スパッタ防護の考え方
熱対策は伝導・対流・放射の三要素で評価する。レザーは熱伝導率が低く、放射熱に対しても有利であるが、長時間の連続曝露では限界がある。アルミ蒸着層は放射熱反射に寄与し、スパッタ多発環境では表面炭化を遅延させる。接続部や袖口の隙間は侵入経路となるため、手首の重ね合わせや袖側の難燃カフで遮断する。
作業別の手袋選定
- 被覆アーク・MMA:厚手スプリットレザー、ロングカフ、断熱ライナー併用。
- MIG/MAG:スパッタ量が多いため厚手重視。甲側に追加シールドが有効。
- TIG:微細操作を重視し薄手ヤギ革が適する。指先の感度を確保しつつ耐熱糸で補強。
- ガス溶接・ろう付け:中厚・柔軟性重視。耐熱と可とうのバランス設計。
- 解体・グラインディング併用:耐切創繊維とのハイブリッドや補助手袋の重ね着用を検討。
サイズ・フィットと作業性
フィットは安全と品質に直結する。大きすぎると把持力が低下し、スパッタ侵入や引っ掛かりの原因となる。小さすぎると血流が阻害され熱ストレスが増す。指股の立体裁断やガンカット形状は握りやすさに寄与する。TIGでは指先の縫いしろを薄くし、感覚入力を確保する設計が望ましい。
規格・性能表示
溶接用手袋では耐熱、耐火花、耐引裂き、耐摩耗、通電リスクに関する評価が重要である。一般にJISやISO相当の手袋規格で機械的強度・耐熱性が段階表示され、用途適合の目安となる。実際の現場では溶接電流、姿勢、作業時間、環境風速なども安全余裕度に影響するため、カタログ値に加え現場試験での確認が推奨される。
メンテナンスと保管
- 炭化・硬化の点検:硬化は断熱性低下と破断リスク増大の兆候であり交換対象である。
- 油分・薬品付着:油は発火リスク、薬品は劣化を促す。拭き取り後は陰干し乾燥。
- 洗浄:レザーは過度な水洗いで繊維結合が弱まるため、専用クリーナと整形乾燥を用いる。
- 保管:高温多湿と直射日光を避け、平置きまたは吊り下げで型崩れを防ぐ。
使用上の注意と限界
手袋は全ての危険を除去するものではない。高温金属の長時間保持、溶融金属の直接接触、強い溶剤・酸アルカリ曝露、回転体の巻き込みなどは想定範囲外である。袖口は衣服と重ね、隙間からのスパッタ侵入を防ぐ。穴あき・縫い糸切れ・カフの裂けは即交換とする。電撃防止には乾燥維持と導電経路の管理が重要で、湿潤・汚染状態での通電作業は避ける。
人間工学と品質管理
反復作業では掌クッションや関節可動域に合わせた切り替えが疲労低減に寄与する。左右差や縫製ムラはヒートスポットの原因であるため、ロット検査で厚み・硬度・縫いピッチを測定する。現場導入時は試用期間を設け、作業工程ごとに火花密度や接触温度を定量化し、手袋仕様をチューニングするのが効果的である。
関連装備との組合せ
- 袖口:難燃ジャケットとの重ね合わせで火花侵入を抑止。
- 前腕ガード:長尺材溶接時の放射熱対策。
- 手甲ガード:MIG/MAGのトーチ姿勢で甲側曝露を低減。
- インナー手袋:吸汗・断熱・静電対策のための薄手生地を重ねる。
選定フロー(実務)
- 工法の特定(TIG/MIG/MAG/被覆アーク/ガス)。
- 電流・入熱・姿勢(上向/横向/立向)と火花密度の推定。
- 必要防護(熱・スパッタ・切創・通電)の優先度付け。
- 厚み・革種・ライナー・カフ長の決定。
- 試用・評価(温度上昇、把持、細作業性、耐久)。
- 交換基準(硬化、穴、縫糸切れ、汚染)を文書化。
コストとライフサイクル
初期コストのみでなく、交換周期・作業不良率・事故回避効果を加味した総保有コスト(TCO)で評価する。スパッタが多い工程には厚手・高耐久を、精密工程には薄手・高感度を配し、工程別に在庫を最適化することで費用と品質の双方を改善できる。
よくある誤用
一般作業用や耐切創手袋の流用は溶接熱に対し不十分である。耐熱をうたう繊維手袋でも溶融金属飛沫に対し繊維が融着・発火する場合があるため、溶接専用設計を用いる。また濡れた手袋は熱伝導が増し火傷しやすい。
環境・衛生面
革製品の製造では鞣し工程の薬品管理が重要であり、国際的な化学物質規制に適合した製品が望ましい。使用後は金属粉やフラックス粉じんが付着するため局所排気と併用し、汚染拡散を防止する。
購入時チェックリスト
- 縫製:縫い目の段差、焦げ、糸端処理。
- 革質:厚み均一性、硬さ、表面の銀面/床面の選択。
- フィット:指長・指股、握り癖との適合。
- カフ:長さ、袖との重なり、留め具の有無。
- 性能表示:耐熱・耐摩耗等の等級、適合工法の明記。