深絞り加工
深絞り加工は、平板のブランクをダイとパンチで押し込み、カップ状・筒状の中空形状に塑性変形させるプレス成形である。英語ではdeep drawingと呼び、缶、モータハウジング、車両用カバー、シンクなど、継ぎ目のない薄肉部品を高精度かつ高速に量産できる。フランジ部の周方向圧縮と材料流入、ダイ肩Rでの曲げ・戻し、パンチ肩Rでの張力がつり合う過程で形が決まる。しわ(座屈)と割れ(局所延性破断)の抑制が要点で、ブランクホルダ圧、潤滑、半径設計、ビードの使い分けが品質を左右する。設計指標として、限界絞り比LDRや引張比β、成形限界線図FLD、異方性r値・加工硬化指数n値が用いられる。
定義と原理
深絞り加工は、パンチでブランク中心を押し、外周フランジから材料がダイ穴内へ流入する過程で、周方向圧縮と半径方向引張の複合応力状態を作る加工である。フランジは座屈しやすく、ブランクホルダで面圧を与えて流入量を制御する。ダイ肩R・パンチ肩Rでは曲げ→引張→曲げ戻しが生じ、表裏でひずみ勾配が変わる。理想的には摩擦が低く、材料が均一に流れることで、肉厚減少と耳(earing)を最小化できる。
工程と各部の名称
- ブランク(板材)
- パンチ・パンチ肩R
- ダイ・ダイ肩R・ダイランド
- ブランクホルダ(バインダ)・ドロービード
- プレス機(メカ/サーボ)
基本の一工程絞りに加え、段取りとしてトリミング、耳落とし、再絞り、アイアニング(均肉延伸)を組み合わせる。組立段階ではボルトやリベットによる締結、溶接・かしめと併用する場合がある。
材料特性と潤滑
成形性はr値(塑性異方性)とn値(加工硬化指数)に強く依存する。一般に、r値が高いほどフランジの面内延性が増し、耳が減少し、n値が高いほどくびれ遅延で割れにくい。代表材は低炭素鋼(SPCC、IF鋼)、アルミニウム(1xxx〜5xxx)、ステンレス(SUS304)である。潤滑は鉱油/極圧添加剤、りん酸塩+石けん、ドライフィルムなどを使い分け、ダイ・パンチ表面粗さと組み合わせて摩擦と焼付きを抑える。
成形限界と設計指標
深絞り加工では、限界絞り比LDR=Db/Dp(成形可能な最大ブランク径Dbとパンチ径Dpの比)が重要で、鋼ではおおよそ1.8〜2.2が目安である。引張比β=Db/Df(最終径Df)や工程分割で再絞り回数を見積もる。厚さ減少率t減=(t0−t)/t0、曲げ戻しの影響、FLD上の安全マージンなどで割れ限界を管理する。しわはフランジの座屈現象であり、ブランクホルダ圧とビードで抑制する。
しわ・割れ対策
- ブランクホルダ圧の最適化:低すぎるとしわ、高すぎると割れ。荷重曲線を試打で同定
- ダイ肩R・パンチR:一般に4〜10t(tは板厚)を目安に大きめに設計し、曲げ損傷を低減
- 潤滑・表面処理:μの低減で材料流入を安定化
- ドロービード:局所抵抗で流入を均一化
- 再絞り・中間焼なまし:加工硬化を除去し延性を回復
金型設計の要点
クリアランスは板厚t0に対し、素材や目的でt0〜1.1t0を基準に設定する。ダイランド長は材料支持と摩擦の折衷で短すぎず長すぎずにする。肩Rは表面仕上げRaを細かく保ち、ショットやコーティングで初期ならしを短縮する。パンチ先端の逃げとエア抜き、ガイド精度、センタリングも割れ・絞り筋防止に有効である。
品質評価と測定
肉厚分布、耳高さ分布、しわ痕、絞り筋、焼付き、底割れ、口縁割れを確認する。厚さは超音波/渦電流や断面研磨で測る。耳は圧延異方性に起因し、圧延方向と45°/90°でのr値差を低減する鋼材選定が有効である。口縁トリム後の反りやスプリングバックは小さいが、後工程の曲げ・フランジングでは配慮する。
関連加工との比較
- 絞り(drawing):材料流入主体。しわ・割れが主課題
- アイアニング(ironing):肉厚を減らし高さを稼ぐ延伸。摩擦熱と焼付き管理が鍵
- バーリング・フランジング:孔縁の立ち上げ。延性と面圧管理が重要
- ハイドロフォーム:流体圧で均一成形。設備コストは増すが高い成形自由度
- スピニング:回転成形で小ロット試作に適す
応用例
飲料缶、食品容器、燃料キャップ、モータケース、ポンプハウジング、家電カバー、厨房シンクなどが典型である。自動車ではハウジングやブラケット類、熱交換器の部品などに用いられる。航空・エネルギー分野ではガスタービンエンジン周辺の薄肉部品、産業機械では内燃機関関連の耐食カップやカバーに適用される。
簡易計算と現場の勘所
初期見積もりでは、LDRと耳落とし・トリム代を含めてブランク径を決める。例として、Dp=60 mm、目標LDR=2.0ならDb≒120 mm、耳落としとトリム代で+5〜10%を上乗せする。初期条件出しはサーボプレスのモーション(低速→一時停止→再加圧)で潤滑を活かし、しわを見ながらブランクホルダを段階調整する。最終製品寸法はトリム治具とゲージで安定化させる。
用語の補足
ディープドローイング、絞り比(β)、限界絞り比(LDR)、ブランクホルダ、ドロービード、アイアニング、耳(earing)、r値(塑性異方性)、n値(加工硬化指数)、FLDなどを押さえると、深絞り加工の設計・解析・トライの会話が通りやすくなる。現場では材料ロット差や潤滑の管理状態が仕上がりに直結し、ダイ肩Rの当たりやパンチ先端の摩耗を早期に点検することで連続生産の安定性を高められる。