水平分業
水平分業とは、製品の企画・設計・部品製造・組立・販売といった工程を、それぞれ得意とする別々の企業が分担して担う産業構造である。1社がすべての工程を自社内に抱える垂直統合と対になる概念で、パソコン、半導体、スマートフォンなどの分野で広く定着した。各社が特定の工程に経営資源を集中できるため、投資効率と開発速度の面で優位に立ちやすい。
パソコン産業から広がった分業モデル
転機となったのは1981年に発売されたIBM PCである。IBMは開発期間を短縮するため、CPUをインテルから、OSをマイクロソフトから調達し、仕様の多くを公開した。その結果、互換機メーカーが相次いで参入し、CPU・OS・メモリ・ハードディスク・組立がそれぞれ独立した市場として成り立つようになった。のちに「ウィンテル」と呼ばれるこの体制は、インターフェースを標準化して部品同士を自由に組み合わせられるようにしたモジュール化の典型例とされる。部品同士を細かく調整し合う「すり合わせ型」から、規格に沿って組み合わせる「組み合わせ型」へ製品の設計思想が変わったことが、水平分業を成り立たせる技術的な前提になった。
垂直統合との比較
どちらの方式が有利かは、製品の性質によって大きく変わる。主な違いを表に整理する。
| 項目 | 水平分業 | 垂直統合 |
|---|---|---|
| 設備投資の負担 | 工程ごとに各社へ分散する | 自社に集中する |
| 製品開発の速度 | 外部の最新技術を取り込みやすい | 社内の調整に時間がかかりやすい |
| すり合わせのノウハウ | 社内に蓄積しにくい | 社内に蓄積しやすい |
| 利益の取り分 | 組立などの工程では利益が薄くなりやすい | 全工程から利益を確保しやすい |
| 技術流出リスク | 高い | 低い |
| 代表例 | NVIDIA、Apple | 1990年代までの日本の総合電機メーカー |
自動車のように振動・熱・衝突安全性を車両全体で最適化する必要がある製品では、系列取引を含む垂直統合寄りの体制がいまも根強い。部品をインターフェースで切り分けやすいデジタル家電では、反対に水平分業のほうがコスト競争力を発揮しやすい。
半導体産業での展開
水平分業が最も徹底して進んだのは半導体産業である。1987年に台湾で設立されたTSMCは、自社ブランドの製品を持たずに受託製造だけを手がけるファウンドリという業態を確立した。これに合わせて、工場を持たずに設計に特化するファブレス企業が成長し、1985年創業のクアルコムや1993年創業のNVIDIAが代表格となった。設計ツールを提供するEDAベンダー、回路設計の部品にあたるIPコアをライセンス供与する英国のArm、組立・検査などの後工程を請け負うOSATも、それぞれ独立した層を形成している。直径300mmのウェハーを扱う先端工場では1拠点あたりの投資額が1兆円を超える例も珍しくなく、設計から製造までを自社で担うIDM(垂直統合型デバイスメーカー)は数を減らしていった。ファウンドリ市場におけるTSMCのシェアは、2024年時点で6割を超えるとされる。
電子機器のEMSとODM
組立工程ではEMS(電子機器受託製造サービス)が大きな役割を担う。最大手は1974年創業の鴻海精密工業(フォックスコン)で、スマートフォンやゲーム機の組立を大量に請け負ってきた。他社のブランドで製品を供給する方式はOEMと呼ばれ、設計まで受託側が引き受ける場合はODMとして区別される。ノートパソコンでは、台湾のQuanta ComputerやCompalがODMとして世界出荷の大きな割合を担ってきた。
スマイルカーブと付加価値の偏り
1992年ごろ、台湾エイサーの創業者である施振栄(スタン・シー)は、バリューチェーンの付加価値に偏りがあることを示した。研究開発や基幹部品などの上流と、ブランドや販売・サービスなどの下流で付加価値が高く、中間にある組立で低くなるという構造である。横軸に工程、縦軸に付加価値をとると口角の上がった笑顔のような曲線になるため、スマイルカーブと呼ばれる。水平分業が進むほど組立工程は価格競争にさらされやすく、EMSの営業利益率は数%台にとどまることが多い。ただし、製造に特化しながら40%を超える営業利益率を上げるTSMCのような企業も現れている。「製造は付加価値が低い」という単純な図式は、すでに当てはまらなくなっている。
発注側から見た実務上の注意点
中堅メーカーが外部の受託企業を活用する場合、図面を渡せば同じものができあがるとは限らない。現場でつまずきやすい点を以下に挙げる。
- 初期費用:金型・治具・試作にかかる開発費(NRE費用)が別途発生する。プリント基板の実装でも数十万〜数百万円になることがある
- 最小発注量(MOQ):部品ごとに数千〜数万個のロットを求められることがあり、少量多品種の製品ではかえって割高になる
- 4M変更の管理:受託先が材料・設備・工法・作業者(Material・Machine・Method・Man)を変える際の事前通知を契約で義務付けておかないと、品質トラブルの原因を追えなくなる
- 認証規格:車載用途ではIATF 16949、医療機器ではISO 13485の認証を受託先が取得しているかを確認する
なかでも見落とされやすいのが、品質管理の責任の線引きである。受入検査を自社で行うのか、受託先の出荷検査データで代用するのかを量産前に決めておけば、後からのやり直しをかなり減らせる。
貿易論でいう「水平的国際分業」
経済学では、似た水準の工業国どうしが工業製品を交換し合う貿易を水平的国際分業と呼ぶ。たとえば日本とドイツが互いに自動車を輸出し合うケースがこれにあたり、同じ産業の中で取引が行われるため産業内貿易とも呼ばれる。これに対し、途上国が原材料を、先進国が工業製品を輸出する関係は垂直的国際分業と呼ばれる。産業内貿易の度合いは、1975年にグルーベルとロイドが提案した指数で測るのが一般的である。企業間の分担を指す経営学上の水平分業とは、言葉は似ていても対象が異なる点に注意したい。
分業が深まったことで表面化したリスク
2020年から2021年にかけての世界的な半導体不足は、水平分業のもろさをはっきりと示した。車載マイコンの生産を特定のファウンドリに頼っていたため、自動車メーカー各社は相次いで減産に追い込まれ、2021年の世界の減産規模は1000万台前後に達したと推計されている。同年3月にはルネサスエレクトロニクス那珂工場で火災が発生し、供給不足に追い打ちをかけた。こうした経験と地政学的な緊張の高まりを背景に、2022年には米国でCHIPS法が成立した。日本でもTSMC系のJASMが熊本県菊陽町に工場を建設し、2024年末に量産を始めている。いまではサプライチェーンの効率だけでなく、調達が途絶えたときに代わりを確保できるかどうかまで、製品の設計段階で考慮する企業が増えている。
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