抗菌剤
抗菌剤は、製品の表面で細菌が増えるのを抑えるために、樹脂、塗料、繊維などの素材に練り込んだり塗ったりして使う薬剤の総称である。工業分野では、銀・銅・亜鉛などの金属イオンを使う無機系、第四級アンモニウム塩などの有機系、キトサンやヒノキチオールといった天然系の3系統に分けるのが一般的となっている。日本では、抗菌性の試験方法と効果の基準をJIS Z 2801が定めており、抗菌活性値2.0以上が「抗菌効果あり」の目安とされる。医療で感染症の治療に使う抗菌薬(抗生物質)とは目的も規制も異なり、ここでは主に工業製品向けの添加剤としての抗菌剤を扱う。
抗菌加工製品が広まった経緯
国内で抗菌加工がまず普及したのは1980年代後半の繊維製品で、靴下や肌着の防臭を目的とした加工が始まりとされる。大きな転機は1996年、腸管出血性大腸菌O157による集団食中毒が各地で発生した年である。衛生への関心が一気に高まり、まな板、文房具、家電の取っ手などに抗菌をうたう製品があふれた。ただ、当時は試験方法も表示のルールもまちまちで、効果の根拠が示されない製品も多かった。このため通商産業省(現・経済産業省)が1998年に抗菌加工製品のガイドラインをまとめ、同年には業界団体の抗菌製品技術協議会(現在のSIAA)が発足した。試験方法は2000年にJIS Z 2801として規格化され、2007年には日本提案をもとにした国際規格ISO 22196も発行されている。
抗菌・殺菌・除菌は何が違うのか
店頭では似た言葉が並ぶものの、意味ははっきり異なる。殺菌は菌を死滅させること、除菌は菌を取り除いて数を減らすことを指す。これに対して抗菌は、製品の表面で菌の増殖を抑える状態をいい、菌をゼロにすることまでは約束しない。経済産業省のガイドラインでも、抗菌の対象は細菌に限られ、カビやウイルスは含まれない。カビには防カビ剤、ウイルスには抗ウイルス加工(ISO 21702で評価)が別に用意されている。製品カタログを作る際にこの区別をあいまいにすると、景品表示法上の問題になりかねないので注意したい。
系統別の分類と特徴
配合する素材や加工温度によって、選ぶべき系統は変わる。主な3系統を比べると次のようになる。
| 系統 | 代表的な成分 | 耐熱性の目安 | 持続性 | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| 無機系 | 銀ゼオライト、銀担持リン酸ジルコニウム、酸化亜鉛 | 500℃以上も可 | 長い | 樹脂成形品、塗料、陶磁器 |
| 有機系 | 第四級アンモニウム塩、イソチアゾリン系、ピリチオン亜鉛 | おおむね200℃前後まで | 中程度(溶出しやすい) | 繊維加工、水系塗料、接着剤 |
| 天然系 | キトサン、ヒノキチオール、カテキン | 低い | 短い傾向 | 衣料、食品包装、日用品 |
無機系は熱に強く、射出成形のように200〜300℃で樹脂を溶かす工程にもそのまま使える。効き始めは穏やかな反面、効果が長続きする。有機系は即効性が高く安価なものが多いが、洗濯や水拭きで成分が流れ出やすい。天然系は「自然由来」という訴求力を持つものの、品質のばらつきと耐久性が課題になりやすい。
銀系無機抗菌剤が効くしくみ
銀系では、ゼオライトやガラス、リン酸塩などの担体に銀イオンを保持させ、表面の水分を介して少しずつ放出させる。放出された銀イオンは細菌の細胞膜やタンパク質のチオール基(-SH)と結びつき、酵素のはたらきや呼吸系を阻害して増殖を止める。銀そのものは高価だが、担体に保持させることで樹脂中の添加量を0.1〜1.0wt%程度に抑えられる。似た作用は銅や亜鉛にもあり、銅合金の表面そのものに抗菌性がある点は、米国環境保護庁(EPA)が2008年に銅合金の抗菌表示を認めたことでも知られている。光を当てると有機物を分解する光触媒の酸化チタンも、無機系の一種として扱われることがある。
評価方法と規格
JIS Z 2801では、50mm角の試験片に黄色ブドウ球菌と大腸菌の菌液を接種し、フィルムで覆って35℃、相対湿度90%以上で24時間培養する。その後に生き残った菌数を、抗菌加工のない試験片と比べて抗菌活性値を求める。
R = (Ut − U0) − (At − U0) = Ut − At
R:抗菌活性値
U0:無加工試験片の接種直後の生菌数の対数値の平均
Ut:無加工試験片の24時間後の生菌数の対数値の平均
At:抗菌加工試験片の24時間後の生菌数の対数値の平均
Rが2.0であれば、無加工品に比べて菌数が100分の1以下、つまり99%以上少ないことを意味する。対象はプラスチックや金属、セラミックスなどの非多孔質表面で、繊維製品には別規格のJIS L 1902が使われる。SIAAマークを取得する場合は、この抗菌性に加えて、耐水性・耐光性といった持続性の試験と、安全性データの提出も求められる。
樹脂・塗料に配合するときの実務
製造現場では、抗菌剤の粉末を直接ホッパーに投入するよりも、高濃度に練り込んだマスターバッチを使うことが多い。たとえば有効成分10〜20%のマスターバッチを成形時に5〜10倍に希釈すれば、計量の誤差も粉の飛散も抑えられる。費用面では、銀系無機抗菌剤は1kgあたり数万円になるものもあり、製品全体に練り込むと材料費が目に見えて上がる。そのため、取っ手やボタンなど手が触れる部品だけに配合する、あるいは表層だけに塗装やコーティングで付与する、といった使い分けが実務ではよく行われる。抗菌性は表面に出ている成分でしか発揮されないので、厚肉の成形品ほど練り込みは効率が悪くなる。
変色と分散のトラブル
銀系でよく問題になるのが変色である。銀イオンは紫外線や熱、ハロゲンを含む難燃剤、硫黄系の添加剤と反応して黒〜黄褐色に変わりやすい。白色のポリプロピレン部品で、出荷後数か月たってから黄ばみのクレームが出る例も珍しくない。耐変色グレードを選び、配合する顔料や安定剤との相性を事前に促進耐候試験で確かめておくと安心できる。粒子径が数μmを超えると、薄肉成形品や透明品では外観不良やヘイズ(曇り)の原因にもなる。
主な適用製品
用途は家庭用品から産業用部材まで幅広い。代表的なものを挙げる。
- 家電:冷蔵庫の内装、洗濯機の部品、エアコンのフィルター
- 住宅設備:便座、水まわりの樹脂部材、手すり、内装用の塗料
- 文具・日用品:ボールペンの軸、まな板、歯ブラシの柄
- 産業用:食品工場のコンベヤベルト、ステンレス鋼への抗菌コーティング、医療機器の外装
- 繊維:靴下、作業着、タオル、寝具
2020年以降は感染症対策の需要から、抗菌に抗ウイルス性能を組み合わせた製品の開発が増えた。ただし、両者は試験方法も表示ルールも別なので、性能をうたう際はそれぞれの規格で評価する必要がある。
薬剤耐性と海外規制の論点
抗菌加工の広がりには慎重な意見もある。抗菌成分に長くさらされることで、耐性を持つ菌が選ばれて残るのではないか、という懸念である。有機系のトリクロサンは、米国食品医薬品局(FDA)が2016年に一般向け抗菌せっけんへの使用を認めない判断を示した。欧州では殺生物性製品規則(BPR、Regulation (EU) No 528/2012)により、抗菌剤そのものに加えて、抗菌剤で処理した成形品にも有効成分の承認と表示が求められる。輸出向けの製品では、国内のSIAA登録だけでは足りないケースがあるため、設計の初期段階で仕向け地の規制を確認しておくことが望ましい。安全性の情報は安全データシートで確認でき、耐熱性や溶出性のデータとあわせて材料選定の判断材料になる。
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