工業国アメリカの誕生
19世紀の前半、アメリカ合衆国は広大な農地とフロンティアを背景にした農業国家であり、政治的には共和政を維持しつつも、奴隷制をめぐる対立に揺れていた。だが南北戦争の勝利によって合衆国の統一が維持され、奴隷制が廃止されると、国家の進路は本格的な工業化へと傾斜していく。政府の保護関税政策や西部開拓の促進、大量の移民流入、豊富な地下資源などが重なり、アメリカは短期間で世界有数の工業生産を担う国へと成長した。この農業国家から工業国家への転換の過程こそが工業国アメリカの誕生であり、後の覇権国家アメリカの出発点となった。
南北戦争と国家再編
アメリカの工業化を加速させた最大の契機は、1861〜65年の南北戦争である。合衆国政府は戦時動員のために鉄道や軍需産業への投資を拡大し、戦後もその基盤が民間経済に転用された。北部を指導したリンカン政権の奴隷解放宣言は、奴隷労働に依存したアメリカ連合国的な経済体制に終止符を打ち、自由労働を前提とする資本主義的工業化への道を開いた。同時に、北部の産業資本家や農民の支持を背景に台頭した共和党は、保護関税や国内産業育成を掲げる政党として連邦政府の経済政策を主導し、戦後アメリカの工業化を政治的に支えた。
西部開拓と資源動員
工業化のためには、広大な土地と資源をいかに動員するかが決定的であった。戦時中に制定されたホームステッド法は、西部の公有地を小農民に無償で与え、定着を条件に所有権を認める制度であり、これにより西部の農業開拓と人口移動が加速した。大平原やロッキー山脈周辺では小麦や牛の生産が拡大し、鉄道網によって東部の工業地域に供給される。さらに、西部や中西部で発見された石炭・鉄鉱石・銅・銀・石油などの鉱物資源は、19世紀後半の産業革命を支えるエネルギーと原材料となり、製鋼業・機械工業・化学工業の発展を可能にした。
鉄道網の拡大と国内市場の統合
鉄道は、工業国アメリカを形作る上で象徴的なインフラであった。1869年の大陸横断鉄道開通以降、東部の工業都市と西部の農牧地帯、鉱山地帯が線路で結ばれ、穀物・肉・鉱石・石炭が大量かつ高速に輸送されるようになった。鉄道建設そのものがレールや機関車といった鉄鋼需要を生み出し、鉄鋼業の拡大を促した。また、鉄道会社は広大な土地を所有し、運賃設定を通じて農民や企業に大きな影響力を持つようになり、後には料金をめぐる政治問題や規制立法の対象ともなった。鉄道網の全国的な整備は、地域ごとに分断されていた市場を統合し、工業製品を国内のすみずみにまで供給する体制を形成したのである。
大企業・トラストの成立
19世紀後半のアメリカ工業化の特徴は、企業規模の急拡大と寡占化である。鉄鋼業、石油業、鉄道業、金融業などの分野では、大量生産と最新技術を武器に競争を勝ち抜いた企業が他社を買収し、産業を支配するようになった。これらの巨大企業の一部は、産業支配を安定させるために価格協定や市場分割を行い、いわゆるトラストと呼ばれる独占的結合形態をとった。トラストは効率的な大量生産を可能にする一方で、価格つり上げや競争相手の排除を通じて消費者や中小企業を圧迫し、独占禁止立法や規制の必要性をめぐる議論を引き起こした。
移民・都市化と労働問題
工業化に伴う工場の増加は、大量の労働力を必要とした。ヨーロッパやアジアからの移民は、安価で豊富な労働力として工業地帯の都市に流入し、都市部の人口は急速に膨張した。しかし、長時間労働・低賃金・危険な労働環境といった問題も深刻化し、労働争議や労働組合運動が頻発するようになる。典型的な労働者の不満は次のようなものであった。
- 1日10時間を超える長時間労働と低賃金
- 児童労働や女性労働の過酷な条件
- 安全装置の不備による労災事故の多発
- 不況時の大量解雇と失業の不安定さ
これらの状況に対し、労働者たちは組合結成やストライキを通じて賃上げ・労働時間短縮・労働安全の改善を要求し、企業側や政府との対立が繰り返された。労働問題は、工業国アメリカの急速な成長の陰で生じた社会的矛盾の表現であった。
農業社会から工業社会への転換
工業化の進展は、農業中心だった社会構造を大きく変えた。西部開拓によって農業生産は拡大したが、鉄道運賃や金融の仕組みのなかで農民はしばしば不利な条件に置かれ、農産物価格の下落に苦しんだ。農民の一部は都市へ移住して工場労働者となり、農村社会は人口流出と階層分化に直面した。こうした不満から、農民の政治運動や通貨制度改革を求めるポピュリズムが登場し、工業化と民主主義のあり方をめぐる議論が高まった。農業と工業の関係は、工業国アメリカの内部に存在する構造的対立として、20世紀以降も繰り返し問題化していく。
世界経済における地位の上昇
19世紀末までに、アメリカの工業生産はイギリスやドイツと並ぶ規模に達し、20世紀初頭には世界最大の工業国となった。鉄鋼・機械・石油・綿製品などの分野で過剰生産となった工業製品は、海外市場への輸出を通じてさばかれるようになり、アメリカ資本は中南米やアジアにも進出した。工業力の増大は軍事力や海軍力の強化と結びつき、海外領土の獲得や勢力圏拡大をめざす帝国主義政策を後押しする。こうして国内の工業化と対外膨張は相互に連動し、アメリカは世界政治における存在感を急速に高めていった。
歴史的意義
このように、南北戦争後の政治再編、西部開拓と資源動員、鉄道網の整備、大企業とトラストの台頭、移民と都市化、農業社会からの転換、そして対外進出の進行が重なり合って工業国アメリカの誕生が実現した。急速な成長は社会的矛盾をともないながらも、20世紀に覇権国家として登場するアメリカの基礎を築いた点で、世界史上きわめて重要な転換期であった。