変調
変調とは、送信したい情報(音声、画像、データなど)を搬送波と呼ばれる高周波信号のパラメータ(振幅・周波数・位相)に写し込む操作である。これにより、伝送路の帯域・雑音環境・法規制に適合させつつ、遠距離伝送や多重化を可能にする。変復調器(モデム)は、送信側で変調、受信側で復調を行う装置であり、要件は帯域効率、電力効率、誤り率、実装複雑度、同期容易性などの総合的トレードオフで評価される。
アナログ変調:AM・FM・PM
アナログ信号をそのまま搬送波に写す方式には、振幅変調(AM)、周波数変調(FM)、位相変調(PM)がある。AMは搬送波の振幅を情報で変えるため構成が単純だが、雑音(加法性白色ガウス雑音など)に弱い。FMは周波数偏移で表現し、狭帯域FMと広帯域FMに分類される。FMはリミッタや周波数選択特性で雑音耐性が高く、放送に広く使われてきた。PMは位相を直接変えるため、微分器との等価関係からFMと相互変換が可能で、ループによる位相同期(PLL)で高精度な復調が可能となる。
ディジタル変調の基礎:ASK・FSK・PSK
ディジタル通信では、有限個のシンボルへ写像する。基本は振幅偏移鍵ing(ASK)、周波数偏移鍵ing(FSK)、位相偏移鍵ing(PSK)である。2値PSK(BPSK)は±位相でビットを表し、雑音耐性に優れる。直交位相偏移鍵ing(QPSK)は1シンボルで2ビットを表現し、帯域効率を向上する。FSKは周波数の集合で表現し非同期待ち受けが容易、狭帯域・低消費電力通信で有用である。ASKはハードウェアが簡易だが振幅雑音に弱く、環境に依存しやすい。
高効率化:QAMと直交多重(OFDM)
帯域効率をさらに高めるため、直交振幅変調(M-QAM)が用いられる。I軸・Q軸の振幅と位相の組合せで多値化し、16-QAM、64-QAM、256-QAMなどでスペクトル効率(bit/s/Hz)を伸ばす。一方で最小ユークリッド距離が縮小し、所要SNRが上昇するため誤り率特性が劣化しやすい。直交周波数分割多重(OFDM)は多数の直交サブキャリアへ並列にシンボルを載せ、周波数選択性フェージングに強い。ガードインターバル(CP)でマルチパス干渉を抑制し、FFT/IFFTで実装容易性と柔軟な搬送割当を両立する。
誤り率とSNR、シャノン限界
理想AWGN路でのビット誤り率(BER)は変調方式と符号化で規定される。BPSK/QPSKは同一の最小距離を持ち、Es/N0に対するBER曲線が一致する。Mが大きいQAMは所要Eb/N0が増大するため、リンク予算で送信電力、利得、実効等価雑音帯域幅を厳密に見積もる必要がある。シャノンの容量C=B log2(1+S/N)は理論上の上限であり、実システムは誤り訂正符号(LDPC、Polar、Turbo)と適応変復調で容量に漸近する。
同期と検波:コヒーレント/ノンコヒーレント
復調は搬送位相・周波数の同期精度が鍵である。コヒーレント検波は位相同期ループ(PLL)等で基準を再生し、PSK/QAMで高性能を発揮する。ノンコヒーレント検波はFSKや差動PSK(DPSK)で実装が容易だが、理論BERで若干の不利がある。実運用では周波数オフセット、位相雑音、IQ不均衡、サンプルタイミングずれ(CFO/PHN/ISI)への堅牢性が重要で、パイロット信号や前置きシーケンスで推定・補償する。
帯域整形とISI対策
パルス成形フィルタ(例:Root-Raised-Cosine(RRC))は、ナイキスト条件を満たし隣接シンボル間干渉(ISI)を抑制する。ロールオフ係数αは帯域と波形の過渡応答をトレードオフさせるパラメータであり、送受のマッチドフィルタで最大比合成される。多径路の存在下では等化(ZF、MMSE、判定帰還等化)を併用し、OFDMでは単純なサブキャリア毎の1タップ等化で済むため実装が簡潔になる。
PAPRと電力効率
OFDMや高次QAMはピーク対平均電力比(PAPR)が高く、送信電力増幅器にバックオフを強いる。これにより電力効率が低下し、電池駆動や基地局運用コストに影響する。対策として、CFR(クリッピング&フィルタリング)、符号化、位相回転、Doherty増幅器などが用いられる。一方、定包絡のFSKやCPMは電力効率に優れるが帯域効率は相対的に低い。
適応変調・リンクアダプテーション
無線路のSNR、フェージング深度、誤り率測定に基づき、変調多値数や符号化率を変える適応変調が広く使われる。MCS(Modulation and Coding Scheme)の段階を切替えることで、セル端ではQPSK+強符号化、良好時は64/256-QAM+高スループットへと動的最適化する。スケジューリングやビームフォーミング、HARQと組み合わせて総合スループットと体感品質(QoE)を維持する。
スペクトラム共有と干渉管理
実運用では隣接チャネル干渉、同チャネル干渉、IMD(相互変調歪)を抑えるため、変調スペクトルの外側減衰(マスク適合)やガードバンド設計が重要である。直交化(OFDMのサブキャリア)、拡散(DS-SS/CH-SS)、NOMAなど多元接続手法と併用し、規格で定められた占有帯域・漏洩電力を満たす。
実装観点:ベースバンド処理とRFフロントエンド
現代の変調は、DAC/ADC、IQミキサ、可変ゲイン増幅、ループフィルタ、低位相雑音PLL、SAW/BAWフィルタなどのRF要素と、ベースバンドDSP/FPGA/ASICで構成される。キャリブレーションでIQ直交誤差、DCオフセット、位相雑音を補償し、送受チャネルの線形性(EVM、ACLR)を規格値以内に制御することが求められる。
用途別の選択指針
- 広帯域・高スループット:OFDM+高次QAM(EVM要件に注意)
- 狭帯域・長距離・低消費電力:2-FSK/GFSK、LoRa系拡散
- 高信頼・高SNRでない環境:QPSK+強力なFEC
- 高移動時のロバスト性:サブキャリア間隔拡大や差動PSKの採用
用語メモ
BER(ビット誤り率)、SER(シンボル誤り率)、Eb/N0(1ビット当たりのエネルギー対雑音電力密度比)、EVM(誤差ベクトル振幅)、ISI(隣接シンボル干渉)、CFO(搬送周波数オフセット)、PLL(位相同期ループ)などが設計・評価の中心指標となる。これらの相関を理解することが、堅牢な変調方式の選択と安定運用に直結する。