国民党の改組|連ソ容共で組織強化

国民党の改組

国民党の改組とは、1924年に広州で開かれた第1回全国代表大会を契機として、中国国民党が組織原理や綱領を全面的に作り替え、ソ連式の前衛政党へと生まれ変わった過程を指す。この改組によって国民党は、従来のゆるやかな革命結社から、軍隊や労働者・農民を指導する中央集権的な「国民革命」の指導政党へと変貌し、のちの北伐や南京国民政府樹立の基盤が形づくられたのである。

辛亥革命から軍閥割拠までの背景

辛亥革命によって清朝が倒れた後も、中国の政治は安定しなかった。臨時大総統となった孫文は、共和政の定着を目指したが、袁世凱の専制化やその死後の軍閥割拠によって、中国革命は停滞した。各地の軍閥が地方権力を握り、北京政府は名ばかりの権威にとどまり、民族統一と近代国家の建設は進まなかった。このような状況のなかで、孫文は国民党を再建し、より強力な組織政党へと変革する必要に迫られていった。

ソ連との接近と共同宣言

第一次世界大戦後、第一次世界大戦の講和秩序のもとで中国は列強の勢力圏に分割され、帝国主義への反感が高まった。一方、ロシアでは革命によって成立したソビエト政権が、反帝国主義と民族解放を掲げてアジア諸国に接近していた。孫文もこうした国際情勢に注目し、ソ連との連携を模索する。1923年には、孫文とソ連代表ヨッフェとの間でいわゆる「孫文=ヨッフェ共同宣言」が発表され、中国の民族運動とソ連の支援とが結びつく理論的基礎が提示された。この路線転換が国民党の改組の前提となったのである。

組織原理の転換―民主集中制の採用

国民党の改組の核心は、ソ連共産党に倣った組織原理の導入であった。従来の国民党は同盟会以来のゆるやかな結社的性格が強く、地方支部や有力者が独自に行動する余地が大きかった。これに対して改組後の国民党は、党大会・中央執行委員会・政治局などを頂点とするヒエラルキーを整え、党紀に基づく統制を強化したのである。

  • 個人は組織に従い、下級機関は上級機関に従う
  • 党内の討論は自由だが、決定後は少数が多数に従う
  • 党の統一した意思を軍や政府に貫徹させる

これらは「民主集中制」と呼ばれる原則であり、革命遂行のための統一指導を実現する仕組みとして位置づけられた。

大衆組織への浸透と軍事組織の建設

国民党の改組では、党組織を単なる政治結社にとどめず、軍隊・労働組合・農民運動へと浸透させる方針が採られた。広州近郊には党直轄の黄埔軍官学校が設立され、若い士官候補生に国民革命の理念と軍事訓練が施された。また、各地の労働者ストや農民運動も党の指導下に組み入れられ、党の細胞組織が工場や村落にまで張り巡らされた。こうして国民党は、軍事力と大衆運動を一体的に指導する「革命政党」としての性格を強めていった。

共産党員の個人加盟と第1次国共合作

中国共産党は、成立当初は小規模のマルクス主義政党にすぎなかったが、ソ連の方針のもとで国民党との協力路線を採用した。国民党の改組において重要だったのは、「共産党員の個人資格による国民党加盟」が認められたことである。これにより、共産党員は国民党内部に入り込み、労働運動や農民運動を担当しながら、国民革命運動を推進した。この協力関係は「第1次国共合作」と呼ばれ、帝国主義と軍閥に対する共同戦線として展開された。

新三民主義と反帝・反封建の路線

改組後の国民党は、従来の三民主義を再解釈し、「民族の独立」「民権の確立」「民生の改善」を、より反帝国主義的・社会改革的に位置づけた。とくに「民族主義」は列強による中国分割に反対し、「民生主義」は土地問題や貧富の格差是正をめざすものとされた。この思想的転換は、農民層や都市の庶民にアピールし、党の大衆的基盤を拡大させた。

  1. 民族主義―帝国主義に対抗し国家の独立をめざす
  2. 民権主義―軍閥支配を打破し共和政を実現する
  3. 民生主義―土地と資本の不公平を是正し、国民生活を向上させる

この「新三民主義」は、のちに北伐や統一政府樹立の際のイデオロギー的旗印として機能した。

北伐と南京国民政府への道

国民党の改組によって整備された党組織と軍事・大衆基盤は、1926年に開始される北伐の直接的な準備となった。黄埔系の国民革命軍は、党の政治委員の監督のもとで行軍し、軍事行動と政治宣伝を結びつけながら各地の軍閥勢力を打倒していった。その結果、国民党は長江下流域を制圧し、1927年には南京国民政府を樹立する。しかし同時に、国民党内部では右派と左派、そして共産党勢力との対立が激化し、上海クーデタなどを契機に国共合作は崩壊へと向かうことになる。

国民党の改組の歴史的意義

国民党の改組は、中国近代史において、革命政党が国家建設の主体となるモデルを提示した出来事であった。ソ連式の組織モデルを導入し、軍事力と大衆運動を統合した点は、その後の中国政治に大きな影響を与えた。また、国共合作を通じて共産主義勢力が農民や労働者の組織化を進める機会ともなり、のちの内戦構図の伏線ともなった。こうして国民党の改組は、単に一政党の内部改革にとどまらず、中国の国家形成と革命運動の方向性を決定づける重要な転換点であったと評価される。