化学物質審査規制法
化学物質審査規制法は、正式名称を「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(昭和48年10月16日法律第117号)という日本の法律で、一般には「化審法」と略される。新たに製造・輸入される化学物質を市場に出る前に審査し、市場に出たあとも性状やリスクに応じて製造・輸入・使用を管理する仕組みを定めている。目的は、人の健康や動植物の生息・生育に悪影響を与えるおそれのある化学物質による環境汚染を防ぐことにある。所管は経済産業省・厚生労働省・環境省の3省共管で、審査や判定も3省が合同で行う。
制定のきっかけとなったPCB問題
法律の出発点は、1968年に西日本で発生したカネミ油症事件にある。食用油の製造工程で熱媒体として使われていたPCB(ポリ塩化ビフェニル)が混入し、多数の健康被害を出した。PCBは絶縁油やノーカーボン紙など幅広い工業用途で重宝されていたが、自然界でほとんど分解されず、生物の体内に濃縮されやすい。急性毒性が低いという理由だけで普及した物質が、長い時間をかけて環境と人体に蓄積していった経緯は、事前審査の必要性を強く印象づけた。こうして1973年、世界でも早い段階で新規化学物質の事前審査制度を備えた化学物質審査規制法が成立した。
改正の歩み
制定当初は「難分解性・高蓄積性・人への長期毒性」を持つ物質だけが規制対象だった。1986年の改正で、蓄積性が低くても環境中に残留して健康被害を招く物質を第二種特定化学物質として扱う枠組みが設けられ、トリクロロエチレンなどの溶剤が対象となった。2003年には動植物への影響、つまり生態毒性が審査項目に加わる。大きな転換点は2009年改正である。既存化学物質を含むすべての一般化学物質について、年1トン以上を製造・輸入する事業者に数量の届出を義務づけ、国がリスク評価を段階的に進める方式へ移行した。2017年改正(2019年施行)では、少量新規・低生産量新規の全国上限を製造量ではなく環境排出量で管理する考え方が導入されている。
規制区分と対象物質
現在の制度では、化学物質は性状と評価の進み具合によっていくつかの区分に振り分けられる。2026年3月時点の厚生労働省資料による物質数を含め、主な区分を下表に整理する。
| 区分 | 判定の要件 | 主な措置 | 物質数の目安 |
|---|---|---|---|
| 第一種特定化学物質 | 難分解・高蓄積・長期毒性あり | 製造・輸入は許可制、使用は政令用途に限定(事実上の禁止) | 39物質 |
| 第二種特定化学物質 | 人健康・生態へのリスクあり | 製造・輸入の予定数量と実績の届出、取扱指針の遵守 | 24物質 |
| 監視化学物質 | 難分解・高蓄積・毒性不明 | 製造・輸入実績の届出、有害性調査の指示 | 38物質 |
| 優先評価化学物質 | リスクが十分に低いと言えない | 詳細な数量・用途の届出、段階的リスク評価 | 221物質 |
| 一般化学物質 | 上記以外 | 年1トン以上で数量届出 | 約30,000物質 |
第一種特定化学物質には、PCBのほかDDT、PFOS、PFOA、PFHxSなどが含まれる。これらの多くはストックホルム条約(POPs条約)で廃絶・制限が決まった物質と重なっており、条約での決定が国内指定につながる流れが定着している。
2026年の追加指定
2026年5月19日、長鎖ペルフルオロカルボン酸(LC-PFCA)とその塩、LC-PFCA関連物質、クロルピリホス、中鎖塩素化パラフィン(MCCP)の4種類を第一種特定化学物質に指定する政令が閣議決定された。同年11月22日の完全施行以降、これらを使用した潤滑油やコーティング剤、撥水・撥油加工繊維などは輸入禁止製品の対象となる。PFAS規制の拡大は今後も続く見通しで、フッ素系材料を扱う事業者への影響は小さくない。
新規化学物質の事前審査
既存化学物質名簿などに載っていない物質を製造・輸入する場合、事業者は事前に届け出て審査を受ける。国は原則として届出から3か月以内に判定を出す。審査に用いる主な試験は次のとおりである。
- 分解性:活性汚泥を用いた28日間の分解度試験(OECD TG 301Cに準拠)。BOD分解度60%以上などで良分解性と判定
- 蓄積性:魚類濃縮度試験による生物濃縮係数(BCF)。BCFが5,000以上で高蓄積性とされる
- 人健康影響:Ames試験、染色体異常試験、28日間反復投与毒性試験など
- 生態影響:藻類生長阻害、ミジンコ急性遊泳阻害、魚類急性毒性の各試験
生物濃縮係数は、平衡状態における魚体中濃度をCf、水中濃度をCwとして BCF = Cf / Cw で表される。オクタノール-水分配係数の対数値 log Pow が3.5未満であれば、魚類試験を省略して高蓄積性でないと判断できる場合もある。
少量・低生産量の特例
全国の製造・輸入量が年1トン以下なら「少量新規化学物質」、年10トン以下なら「低生産量新規化学物質」として、簡略な手続きで扱える。研究開発用途や中間物、輸出専用品にも特例がある。
製造現場での実務対応
現場で最初に問題になるのは、海外から調達した原材料や添加剤が国内の既存化学物質に該当するかどうかの確認である。CAS番号が一致しても官報公示番号で別物質扱いになる例があり、商社任せにすると通関段階で止まることがある。新規化学物質として通常届出を行う場合、試験一式の費用は数千万円規模に達することも珍しくなく、量産前に少量新規の申出枠で市場性を見極める企業が多い。もう一つの典型は、金属部品の脱脂工程で使われるテトラクロロエチレンやトリクロロエチレンである。第二種特定化学物質に当たるため取扱いに関する技術上の指針があり、近年は炭化水素系や水系の洗浄剤へ切り替える工場が増えた。
関連する法規制との違い
化学物質を扱う法律は多く、役割分担を押さえておくと混乱しにくい。化学物質審査規制法は「環境経由の長期的な影響」を主眼とし、製造・輸入の段階で物質そのものを管理する。これに対し、排出量の把握と届出は化学物質排出把握管理促進法(化管法、PRTR制度)、作業者のばく露防止は労働安全衛生法、急性毒性の強い物質の流通管理は毒物及び劇物取締法が担う。欧州のREACH規則は登録主体を事業者側に置き、年1トン以上の物質ごとに登録データを求める点で化審法と発想が異なる。輸出入を伴う企業では、両制度の対象範囲と届出時期を並べて管理するのが一般的である。
コメント(β版)