力への意志(権力への意志)|ニーチェ,Wille zur Macht

力への意志(権力への意志)

力への意志とは、ニーチェの後期の概念で、常に自己を超越・強化し、成長しようとする根源的な生命力に基づく意志である。生命の持つ意志は、たえずより強くなろうとして力をめざす。あらゆる抵抗を克服して破壊と創造を繰り返し、たえず自己を強化して向上させようとする生の積極的肯定こそが、生命の意志の本質である。ニーチェは、力への意志を世界や歴史の根源的な原理とし、これによってニヒリズムを克服しようとした。この概念は、ショーペンハウアーの「生への意志」に由来するが、フランスのモラリストやパウル・レーからも影響を受けている。

ニーチェ

ニーチェ

力への意志

あらゆる生命は、すべて自己をより強く、より大きくしようとする、力への意志をもつ。力への意志とは、自分の力を絶えず拡張し、新しい自己を生長・生成していこうとする意志である。この意志こそ、生の本質があり、あらゆる生の形態は、力への意志へと還元される。

ニーチェの著作

「力への意志」という表現は、『ツァラトゥストラ』(1883)ではじめて使用された。その後、『善悪の彼岸』(1886)や『悦ばしき知識』(1887)において言及されている。(ニーチェの著作

真理の否定

ニーチェは真理を否定し、真理を、自己保存と成長の有用性に応じた価値評価すぎないとした。その意味で真理などなく、世界はただ支配欲との相関における無数の解釈があるのみである。世界の秩序は、なにを真理とみなすかという「認識」(すなわち、力への意志)によって作り出される。

「真理とは、それなくしては特定種の生物が生きることができないかもしれないような種類の誤謬である

奴隷道徳

キリスト教的・道徳的価値観は「奴隷道徳」の反抗であり、ルサンチマン(怨根)にとらわれた弱者が強者を引きずりおろすために考えだした価値基準でしかない。これもまた「力への意志」のひとつの形態にすぎない。

力への意志の肯定

キリスト教、宗教、道徳、科学でさえ、力への意志の一つの形態にすぎない。これら、あらゆる解釈は、おのれの力を増大させるため、捏造された遠近法的仮象であり、すべては幻影にすぎないが、この幻影もまた力への意志の解釈である。われわれは、それを否定すべきではない。もちろん、神や最高の価値、真理といった硬直化、永遠化した存在は否定されるが、この仮象を作りだす「意志への力」そのものは肯定されなければならない。

クラシック

クラシック

芸術の優位生

ニーチェは、科学や宗教、道徳などの活動はすべて力への意志のひとつの形態であるとしたが、芸術にその優位性を置いた。ニーチェは、力への意志を根本原理に据えた、新しい生の哲学を提唱した。

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