全体換気
全体換気とは、作業場や居室の空気全体を外気と入れ替え、室内で発生した汚染物質の濃度を薄めて許容範囲に抑える換気方法である。希釈換気とも呼ばれる。発生源のすぐ近くで汚染物質を捕まえる局所排気装置とは違い、汚染物質がいったん室内に広がることを前提にしている。そのため、毒性の低い物質を少しずつ扱う場合や、発生源があちこちに散らばっていてフードを付けにくい場合に使われる。工場では有機溶剤の蒸気や熱気の排出に、事務所や住宅では二酸化炭素や揮発性有機化合物の濃度管理に用いられている。
局所排気との違い
工場で換気方式を選ぶとき、まず比べるのが局所排気である。局所排気は発生源を囲うフードで汚染物質を吸い込むため、少ない風量で高い捕集効果が得られる。これに対して全体換気は部屋全体の空気を動かすので、同じ発生量を処理するのに数倍から数十倍の風量が必要になる。設備費は安くても、冬に暖めた空気や夏に冷やした空気を大量に外へ捨てることになるため、空調費がかさみやすい。労働安全衛生法に基づく特別則でも、局所排気を原則とし、全体換気は条件付きで認める代替手段という扱いになっている。
| 項目 | 全体換気 | 局所排気 |
|---|---|---|
| 汚染物質の扱い | 室内で希釈する | 発生源で捕集する |
| 必要風量 | 大きい | 小さい |
| 初期コスト | 低い(換気扇や壁付け送風機で対応可能) | 高い(フード・ダクト・排気処理装置が必要) |
| 作業者のばく露 | 発生源近くでは高くなりやすい | 低く抑えやすい |
| 向いている物質 | 低毒性・少量・発生源が分散しているもの | 高毒性・粉じん・高濃度のもの |
必要換気量の求め方
考え方はとても単純で、室内に入ってくる汚染物質の量と、換気で外へ出ていく量がつり合う状態を考える。汚染物質の発生量をG、許容濃度をC、外気中の濃度をC0とすると、必要換気量Qは次の式で表される。
Q = G ÷ (C − C0)
たとえば成人1人が軽作業中に吐き出す二酸化炭素は約0.02m3/hである。室内の基準を1000ppm(0.001)、外気を400ppm(0.0004)とすると、Q = 0.02 ÷ (0.001 − 0.0004) ≒ 33m3/hとなる。ただし、実際の室内では空気が均一に混ざるわけではない。そこで工場の設計では、混合の悪さを補うための安全係数Kを掛け、Q = K × G ÷ Cとして計算することが多い。米国ACGIHの換気マニュアルでは、Kを3〜10の範囲で選ぶよう示している。給気口と排気口の位置が悪い部屋や、作業者が発生源の風下に立つ配置では、大きめの値を取らなければならない。
換気回数による目安
発生量がわからないときは、1時間あたりに室内の空気が何回入れ替わるかを示す換気回数(回/h)で概算する。住宅では2003年7月施行の改正建築基準法により、シックハウス症候群対策として0.5回/h以上の24時間換気が義務付けられた。塗装場や溶接場では10〜30回/hを目安にすることもあるが、これはあくまで出発点であり、最終的には作業環境測定の結果を見て調整する。
機械換気の3つの方式
機械を使う全体換気は、給気と排気のどちらに送風機を使うかで第1種から第3種に分けられる。室内の圧力が外より高いか低いかによって、汚れた空気がどちらへ漏れるかが変わる。
| 方式 | 給気 | 排気 | 室内圧 | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| 第1種換気 | 機械 | 機械 | 任意に設定可能 | クリーンルーム、大規模工場、熱交換換気の住宅 |
| 第2種換気 | 機械 | 自然 | 正圧 | 手術室、電気室、外からの粉じん侵入を防ぎたい部屋 |
| 第3種換気 | 自然 | 機械 | 負圧 | トイレ、厨房、溶剤を扱う作業室 |
有機溶剤を使う作業室では、汚れた空気を隣の部屋へ漏らさないよう、第3種換気で負圧に保つのが基本となる。
法令で定められた換気量
労働安全衛生規則第601条では、屋内作業場で外気に向けて開けられる窓などの面積を床面積の1/20以上とするよう求めている。この条件を満たせない場合は、機械による換気が必要になる。有機溶剤中毒予防規則第17条には全体換気装置の換気量の計算式があり、1時間あたりの溶剤消費量をW(g)とすると、必要な換気量Q(m3/min)は次のように決められている。
- 第一種有機溶剤等:Q = 0.3 × W
- 第二種有機溶剤等:Q = 0.04 × W
- 第三種有機溶剤等:Q = 0.01 × W
- 2種類以上を混ぜて使う場合:含まれる溶剤のうち最も厳しい区分の式を適用する
事務所衛生基準規則では、二酸化炭素1000ppm以下、一酸化炭素10ppm以下という基準があり、空気調和設備を持つ事務所はこれを満たす換気量を確保する必要がある。
現場での設計と運用の注意点
排気ファンの能力だけを上げても、効果が出ないことはよくある。給気口が足りないと室内が大きく負圧になり、ファンが本来の風量を出せなくなるからである。シャッターや扉を閉め切った倉庫で、カタログ値の半分以下しか風が出ていなかったという話は珍しくない。
- 給気口は作業者の背中側、排気口は発生源の向こう側に置き、汚れた空気が作業者の呼吸域を通らない流れをつくる。
- 給気口と排気口を近づけすぎない。新鮮な空気がそのまま排気口へ抜けてしまい、室内の希釈がほとんど進まなくなる。
- 空気より重い溶剤蒸気(トルエンの蒸気比重は約3.1)は床近くにたまるため、排気口を低い位置にも設ける。
- 可燃性の蒸気を扱う場合は、濃度を爆発下限界の25%以下に抑えるよう風量を決め、防爆形モーターを選ぶ。
コストの面では、寒冷地の工場で冬場に全体換気を強く回すと、暖房費が月数十万円単位で増えることもある。最近の工場では、熱交換器を組み込んだ第1種換気にしたり、作業時間帯だけ風量を上げるインバータ制御を取り入れたりして、換気量と光熱費のバランスを取る例が増えている。粉じんのように希釈しても沈んでたまる物質は全体換気だけでは対応しきれないため、ダクトを使った局所排気と組み合わせて設計する。
自然換気との組み合わせ
機械を使わず、建物の内外の温度差や風の力で空気を入れ替える自然換気も、全体換気の一種として扱われる。温度差による換気量は開口部の高さの差の平方根に比例するため、天井付近に排気用の窓、床付近に給気口を設けると効率が上がる。鋳造工場や製鉄所のように大量の熱が出る建屋では、屋根の頂部に設けたモニター(越屋根)から熱気を逃がす方法が昔から使われている。ただし、風のない日や内外の温度差が小さい季節には換気量が大きく落ちるため、法令で決められた換気量を常に確保する必要がある作業場では、換気扇などの機械換気を併用するのが一般的である。
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