ヴィッカース会社
ヴィッカース会社(Vickers Limited)は、19世紀から20世紀にかけて存在したイギリスを代表する巨大重工業・軍需企業複合体である。1828年に製鋼所として創業して以来、鉄鋼、造船、航空機、兵器など広範な分野に進出し、大英帝国の産業および国防の中核を担った。特に第一次世界大戦および第二次世界大戦においては、主力機関銃や爆撃機、戦車を供給し、連合国の勝利に多大な貢献を果たしたことでも知られる。1927年にはアームストロング・ホイットワース社と合併し「ヴィッカース・アームストロング」となったが、後の国営化や産業再編を経て、最終的には1999年にロールス・ロイス社に買収され、その輝かしい歴史に幕を閉じた。
創業の歴史と製鋼事業の発展
ヴィッカース会社の起源は、1828年にエドワード・ヴィッカースが義父ジョージ・ネイラーと共にシェフィールドに設立したネイラー・ヴィッカース社(Naylor Vickers and Company)に遡る。当初は鉄鋼鋳造を主軸としており、特に教会の鐘の鋳造技術において高い評価を得ていた。1863年にシェフィールドのドン川沿いに新工場を構え、1867年には「ヴィッカース・サンズ&カンパニー(Vickers, Sons & Co.)」として公開会社となった。この時期、同社は海軍用シャフトやプロペラの製造、さらには装甲板や火砲の生産へと事業を拡大し、単なる製鋼所から総合的な造船・兵器メーカーへと変貌を遂げていく。1897年には、自動火器の先駆者であるマキシム・ノーデンフェルト銃器弾薬会社を買収し、社名をヴィッカース・サンズ&マキシムに変更したことで、世界的な軍需産業の地位を不動のものとした。
軍需産業の主役と兵器開発
ヴィッカース会社が最もその名を轟かせたのは、近代戦における兵器の供給においてである。1911年にヴィッカース・リミテッドへと改称した同社は、1912年に開発されたヴィッカース重機関銃により、歩兵用火器のスタンダードを確立した。この機関銃は、その卓越した信頼性と冷却性能から、第二次世界大戦終結まで長きにわたって使用され続け、同社の技術力の象徴となった。また、地上兵器においても、世界初の量産型多砲塔戦車である「インディペンデント」や、他国の戦車設計に多大な影響を与えた「ヴィッカース 6トン戦車」などを開発し、軍需産業界におけるイノベーターとしての役割を担った。海軍部門では潜水艦の建造も手がけ、バロー=イン=ファーネスの造船所はイギリス海軍にとって欠かせない拠点となった。
航空機部門の設立と名機の誕生
20世紀初頭、ヴィッカース会社は急速に発展する航空分野にもいち早く注目し、1911年に航空機部門を設立した。1919年には、同社の複葉機「ヴィミー」がアルコックとブラウンによって世界初の北大西洋無着陸横断飛行を成功させ、その技術力の高さを世界に証明した。1928年にスーパーマリン社を買収したことで、後に伝説的な戦闘機となる「スピットファイア」の生産背景を整えることにも成功している。第二次世界大戦中には、バーンズ・ウォリス博士が設計した「ウェリントン」爆撃機が活躍し、独創的な測地線構造による高い耐久性がパイロットたちに信頼された。戦後も世界初のターボプロップ旅客機「バイカウント」を成功させるなど、航空史に多くの足跡を残した。
- ヴィッカース重機関銃:優れた水冷システムを持つ傑作機関銃。
- ヴィッカース 6トン戦車:ポーランド、ソ連、日本などの戦車開発に影響。
- ヴィッカース・ウェリントン:第二次世界大戦を支えた主力双発爆撃機。
- ヴィッカース・バイカウント:商業的に成功した世界初のターボプロップ機。
産業構造の変化と終焉への道程
1960年代以降、イギリスの航空・造船産業は政府主導の統合再編の波に飲まれることとなった。ヴィッカース会社の航空機部門は1960年にブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーション(BAC)の一部となり、造船部門も1977年に国有化され、ブリティッシュ・シップビルダーズに統合された。その後も残された一部門として存続したが、1980年代にはロールス・ロイス・モーターズを買収するなど、一時的な多角化を見せたものの、20世紀末には軍事・航空分野のグローバル化に伴う競争激化に直面した。1999年、ロールス・ロイス社による買収を受け、ヴィッカース会社という名称は法人の歴史から消滅したが、その技術的遺産は現在のBAEシステムズやロールス・ロイス社の中に脈々と受け継がれている。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1828年 | エドワード・ヴィッカースによりシェフィールドで創業。 |
| 1897年 | マキシム・ノーデンフェルト銃器弾薬会社を買収。 |
| 1912年 | ヴィッカース重機関銃がイギリス軍に制式採用。 |
| 1927年 | アームストロング・ホイットワース社と合併、ヴィッカース・アームストロング設立。 |
| 1960年 | 航空機部門が分離し、BAC(後のBAEシステムズ)の一部となる。 |
| 1999年 | ロールス・ロイス社により買収され、企業としての歴史を閉じる。 |
科学的貢献とヴィッカース硬度
ヴィッカース会社の遺産は兵器や乗り物だけにとどまらない。1924年に同社のエンジニアであるロバート・スミスとジョージ・サンドランドによって開発された「ビッカース硬さ試験」は、材料力学における重要な指標として現代でも世界中で利用されている。ダイヤモンドの正四角錐圧子を用いるこの試験方法は、硬い材料から軟らかい材料まで一定のスケールで測定できるという画期的な利点があり、同社の高い技術水準と基礎研究への投資姿勢を象徴するものといえる。