レーテ|記憶を奪うギリシア神話の川

レーテ

レーテとは、ドイツ語の「Räte(評議会)」をカタカナ表記した語であり、第一次世界大戦末期から戦後にかけてドイツや中欧で出現した労働者・兵士などの評議会組織を指す。とくに1918年のドイツ革命期に各地で生まれた「労兵評議会」は、ロシアのソヴィエトを模範としつつ、現場の大衆が代表を選出して政治的決定を行う機関として機能し、従来の議会制とは異なる「評議会制民主主義」の具体的な形態とみなされる。

語義と思想的背景

レーテは一般には「評議会」「委員会」を意味するが、1910年代後半以降の文脈では、単なる協議機関ではなく、労働者・兵士・農民といった被支配階級が自ら権力を掌握する政治組織として理解される。ロシアのロシア革命で登場したソヴィエトが、工場・兵営・村落から代表を送り出す直接性を特徴としたのと同様、レーテもまた工場や兵営単位で選ばれた代表から構成され、日常の闘争と政治権力の掌握を結びつけるものと構想された。

こうした考え方は、カール・マルクスやプロレタリアート革命論を継承した社会主義者・共産主義者によって理論化された。とくにドイツの急進派の一部は、議会制民主主義や政党政治を「形式的民主主義」と批判し、工場や地域に根ざしたレーテこそが真の階級支配の打倒と大衆主権を体現すると主張した。

第一次世界大戦とドイツ革命における展開

第一次世界大戦末期、ドイツ帝国は戦況の悪化と食糧不足により深刻な社会不安に直面していた。1918年11月、キール軍港で起こったキール軍港の水兵反乱をきっかけに、全国の都市で水兵・兵士・労働者が蜂起し、各地でレーテが結成される。これらの評議会は、しばしば「労兵評議会」と呼ばれ、軍隊と都市労働者が手を結んだことを象徴していた。

各都市のレーテは、地方行政の掌握、治安維持、工場の監視、休戦や講和条件の要求など、多様な権限を主張した。ベルリン、ハンブルク、ミュンヘンなどの中心都市では、既存の官僚機構や軍司令部と並ぶ「二重権力」の一翼を担い、皇帝ヴィルヘルム2世の退位と帝政崩壊を事実上後押しした点で、ドイツ革命の推進力となった。

レーテと労兵評議会の性格

ドイツにおけるレーテは、ロシアのソヴィエトを直接のモデルとしつつも、構成や政治的性格は一様ではなかった。多くの労兵評議会では、社会民主党や独立社会民主党など複数の左派政党の活動家が影響力を持ち、改革志向から革命志向まで幅広い立場が共存した。そのため、評議会は必ずしも一貫した共産主義的路線を取ったわけではなく、労働条件の改善や軍の民主化といった現実的要求を中心とする場合も多かった。

一部の急進派、とくにスパルタクス団やのちの共産党は、レーテを国家権力の唯一の正統な基盤とみなし、議会を廃して評議会の全国的ネットワークによる「評議会共和国」を樹立しようと構想した。これに対し、多くの社会民主党指導部は、レーテを一時的な革命機関として位置づけ、最終的には普通選挙にもとづく国民議会と憲法制定によるヴァイマル共和国の樹立へと移行させようとした。

議会制民主主義との対立と衰退

1918〜1919年の権力移行期には、レーテを基盤とする評議会制を恒久的な国家構造とするのか、それとも議会制民主主義を採用するのかをめぐって激しい政治的対立が生じた。社会民主党政権は、軍指導部との協定や治安部隊の動員を通じて急進派評議会を抑え込み、スパルタクス蜂起などの左派武装行動を鎮圧した。その過程で多くの評議会が解体され、レーテは革命期に特有の一時的存在として次第に影響力を失っていった。

ヴァイマル憲法制定後、工場レベルでは労働者代表機関としての「企業評議会」や労働組合組織が残されたものの、国家権力の中心は議会と政府に移り、レーテを基盤とする評議会制国家構想は挫折した。ただし、評議会運動が残した経験は、のちに「評議会共産主義」や「自己管理論」などの思想潮流に引き継がれていく。

その後の影響と歴史的評価

レーテは、20世紀における大衆参加型民主主義の一つの試みとして歴史的意義を持つ。工場や兵営といった生活と労働の現場から代表を選出し、直接的に政治決定に関与するという構想は、伝統的な議会制とは異なる民主主義の形を提示した。とくに、階級闘争と民主主義をどのように結びつけるかという問題をめぐり、評議会制は議会主義との対抗軸として理論的議論の焦点となった。

また、レーテはドイツにとどまらず、ハンガリーやバイエルンの評議会共和国構想など、中欧・東欧各地の革命運動に影響を与えた。さらに、戦後の労働運動や学生運動でも、「評議会」「自主管理」といったキーワードは、権力の集中に対抗する草の根民主主義の象徴としてたびたび参照された。こうしてレーテは、1918年という特定の歴史的瞬間を超えて、近代政治史におけるオルタナティブな民主主義のモデルとして記憶され続けている。