マルビナス戦争
マルビナス戦争は、1982年に南大西洋のフォークランド諸島をめぐってアルゼンチンとイギリスが武力衝突した戦争である。領有権問題が長期化するなか、占領と奪回を主軸に短期間で推移したが、海空戦力の運用、国際世論、国内政治の帰結に大きな影響を残した。
名称と争点
アルゼンチン側はフォークランド諸島を「マルビナス諸島」と呼び、戦争名もそれに基づく。争点は諸島および周辺海域の主権であり、歴史的権原、実効支配、住民意思、植民地支配の評価が絡み合った。国際連合は交渉による解決を促してきたが、双方の主張は平行線をたどった。
背景
フォークランド諸島は19世紀以来、英の実効支配が継続していた一方、アルゼンチンは継承国家としての権利を訴えてきた。1980年代初頭のアルゼンチンでは軍事政権が経済不振と統治の正統性低下に直面し、対外的な「国民統合」の争点が政治課題化した。国際環境としては冷戦下であったが、本件は大国間対立とは異なる植民地問題・領有権紛争として扱われ、各国は同盟関係と国際法理の間で難しい判断を迫られた。
開戦と主要な経過
1982年4月2日、アルゼンチン軍がフォークランド諸島に上陸し、短期の占領を実現した。これに対しイギリスは遠征部隊を編成し、海空戦を伴う奪回作戦に踏み切った。南大西洋という長大な補給線のもと、両軍は航空優勢、対艦攻撃、上陸支援をめぐって激しく競合した。
- 4月:英遠征部隊が展開し、周辺島嶼の奪還と封鎖が進む
- 5月:艦艇への攻撃が相次ぎ、戦局は海上交通と防空の確保が焦点となる
- 5月下旬:英軍がサンカルロス湾付近に上陸し、陸上戦が本格化する
- 6月:高地をめぐる戦闘ののち、6月14日にアルゼンチン守備隊が降伏する
軍事的特徴
マルビナス戦争は、限定戦争でありながら現代の海戦と航空戦の要素が凝縮した。遠距離遠征を行うイギリスは艦隊防空と補給維持が最重要となり、アルゼンチンは大陸側基地を生かした航空攻撃で圧力を加えた。対艦ミサイル、低空侵入、潜水艦の抑止効果などが注目され、指揮通信や情報の扱いも作戦成果を左右した。
国際社会の反応
国際社会では武力行使の是非、交渉の余地、地域安全保障への波及が論点となった。イギリスは奪回の正当性を訴え、アルゼンチンは植民地主義の清算を掲げた。制裁や外交的働きかけは国ごとに温度差があり、同盟国間でも立場の調整が必要となった。
政治的影響
イギリスでは勝利が政権基盤を強め、首相サッチャーの指導力評価を高めた。一方、アルゼンチンでは敗北が軍政への不信を決定的にし、民政移管と民主化の流れを加速させた。戦争は国内政治の帰結を大きく変え、軍の統治正当性という問題を突き付けた点で、単なる領土紛争にとどまらない意味を持った。
戦後と領有権問題の継続
終戦後も諸島の領有権をめぐる対立は解消していない。イギリスは住民意思と現状の統治を根拠に支配を維持し、アルゼンチンは歴史的権原と地理的近接性を掲げて交渉を求め続ける。資源、漁業、軍事拠点としての価値も議論を複雑にし、マルビナス戦争は国際政治における主権・自決・実効支配の緊張関係を象徴する事例として参照されている。