ヘリサートキット
ヘリサートキットは、損傷した雌ねじや軟質母材(アルミニウム、マグネシウム等)に高耐久な雌ねじ機能を再生・付与するための補修・改修用セットである。主成分はダイヤモンド断面を持つステンレス製ワイヤーインサート(通称Heli-Coil)で、母材に専用タップ(STIタップ)で下加工した後、挿入工具でねじ込み、固定爪(タン)を折り取って完成させる。キットには規格寸法(例:M5、M6、M8等)のインサート、対応STIタップ、挿入工具、タン折り取り具、保管ケースなどが含まれ、機械組立・金型補修・自動車整備・航空機整備に広く用いられる。再生後の雌ねじは耐摩耗性と繰返し着脱能力に優れ、適正な締結でボルトの軸力管理を安定化できる。
構成要素と機能
ヘリサートキットの核はワイヤーインサートであり、自由状態ではばね特性を持ち、挿入後はねじ山の接触圧が均一化される。STIタップはISO/JISの公差体系に合わせて母材側のねじ山をやや大きめに形成し、インサートの外周山と内周山が正規のメートルねじ規格に一致するよう設計される。挿入工具はコイル先端のタンを係合して送り込み、規定深さに達したところで停止させる。タン折り取り具は衝撃でタンを根元から破断し、貫通路を確保する。これらの組合せにより、母材強度を超える耐ねじり・耐引抜き性能を得やすい。
使用手順
- 損傷ねじの除去:既存ねじ山を適正径の下穴ドリルで加工する。切粉は完全除去する。
- STIタップ立て:直角度を保持しつつ切削油を用いて下穴にタップを通す。
- インサート挿入:挿入工具でコイルをねじ込み、座面から約0.25〜0.5ピッチ下で停止させる。
- タン折り取り:専用ポンチで一撃し、破断片が残留しないか確認する。
- 検査:通止ゲージで内径・有効ねじ長さを確認し、締結体で試験締付けを行う。
選定の要点
サイズは呼び径×ピッチ(例:M6×1)で選び、インサート長さは1D、1.5D、2D、3Dの倍数基準を用いる。母材が軟質でねじ込み長さが不足する場合は長めを選ぶと軸力分担が安定する。保持機能は「free-running(標準)」と「screw-locking(ねじ緩み抵抗付)」があり、振動環境や再使用回数の要件で使い分ける。材質は一般にSUS304/316が用いられ、耐食・非磁性・高温の要求に応じて仕様を合わせる。キットは目的径に合致するSTIタップと挿入工具の組合せで構成され、現場即応性が高い。
強度と耐久性の考え方
ワイヤーインサートは内周が完全なメートルねじ形状で、荷重はコイル全周に分散するため、母材単独の雌ねじより座屈・塑性変形が起こりにくい。適正な埋め込み長さではボルト破断が先行する設計が可能であり、繰返し着脱による摩耗も抑制できる。熱膨張差や電食リスクは母材・ボルト材質の組合せに依存するため、環境(温度・湿度・電解質)を踏まえた材料選定が望ましい。
代表サイズと下穴の例
- M5×0.8:推奨下穴5.2 mm、インサート長さ1D/1.5D/2D。
- M6×1.0:推奨下穴6.3 mm、一般機械での補修頻度が高い。
- M8×1.25:推奨下穴8.3 mm、アルミ筐体のねじ抜け対策に有効。
- M10×1.5:推奨下穴10.3 mm、締結剛性の要求が高い部位向け。
よくある不具合と対策
斜めタップによりボルト軸心が傾く事例が多い。直角度治具で誘導し、途中で逆転して切粉を排出する。過挿入は座面欠損・貫通を招くため、目印ピッチを管理する。タン残留は流路閉塞やボルト端面損傷につながるので、折り取り後にエアブローと内視確認を行う。ねじ締付け時の過大トルクは母材割れやインサートの座屈を誘発するため、指定トルクで締結する。
貫通穴と止まり穴の注意
貫通穴ではタン破断片の飛散を防ぐ養生が必要である。止まり穴では底付き余裕を確保し、インサート端が底面に干渉しない長さを選ぶ。端面からの埋め込み量は0.25〜0.5ピッチを目安とし、座面の面粗さと平面度を損なわないよう加工する。
ロッキングタイプの特徴
screw-lockingは一部の巻きでボルト側谷径に干渉を与え、回転抵抗を付与する構造である。緩み止め剤を併用せずに回転トルクを確保できる一方、繰返し使用で抵抗が低下するため、指定回数での交換基準を定めると保全性が向上する。
適用材料と環境
ヘリサートキットはアルミ合金筐体、樹脂含有複合材のインサート母材化、鋳物の巣補修などに適する。塩水雰囲気ではモリブデン含有ステンレスが有利で、電食対策としてはボルト材との電位差を小さく抑える。高温域ではクリープと熱膨張差による座面緩みを考慮し、締結設計と並行して材料仕様を見直す。
検査とトレーサビリティ
施工後は通止ゲージによる機能寸法の確認、目視での巻き数・挿入深さ記録、ロット番号の保管を行う。量産ラインでは締付けトルクと回転角の実測ログ化により、再現性と不良流出防止を図る。
保守・在庫管理
ヘリサートキットは現場での即応が価値であるため、頻出径(M5〜M8)を中心に1D/1.5D/2Dを適正在庫化する。挿入工具やSTIタップは消耗品として摩耗限度を管理し、切削油や清浄用具と併せて保全カートに常備する。教育面では作業者に直角度確保、切粉管理、タン残留確認の三点を徹底させることで、施工品質を安定化できる。