タシケント
タシケントは、中央アジアに位置するウズベキスタン共和国の首都であり、人口規模・経済力の両面で同国最大の都市である。古くからオアシス都市として発展し、シルクロード交易の拠点、ロシア帝国の植民都市、ソ連の地方中心都市を経て、今日では中央アジアを代表する政治・経済・文化の中心として機能している。近代以降も度重なる戦乱や地震を乗り越えながら都市が再編され、旧市街の伝統的景観と、ソ連時代の広い大通り・団地群、独立後に建設された行政施設やイスラーム建築が混在する都市景観を形成している。
地理と都市景観
タシケントは、ティエンシャン山脈西麓のチャチ平原に位置し、チャルヴァク貯水池へとつながるチルチク川流域のオアシスに築かれている。気候は典型的な大陸性気候で、夏は高温乾燥、冬は比較的寒冷で降雪もみられる。市街地は旧市街と新市街に大きく分かれ、旧市街にはイスラームの伝統的住居やバザールが残り、新市街にはソ連期に整備された広幅員の道路や公園、政府官庁、劇場などが並ぶ。独立後は、宗教施設やモニュメントが再整備され、緑地帯の拡充やインフラ整備も進められている。
名称と語源
タシケントという名称は、テュルク語系の「石の町」を意味する語に由来するとされる。古代には「チャーチ(Chach)」と呼ばれ、サーサーン朝やイスラーム勢力の史料にもこの名称が見える。やがてテュルク系諸民族の定着とともにトルコ語的な発音が広まり、中世には現在とほぼ同じ地名が定着したと考えられる。地名の変化は、テュルク系遊牧民とイラン系定住民が交錯した中央アジア特有の歴史的背景を反映している。
歴史的発展
古代から中世
古代のタシケント周辺は、ソグド人をはじめとするイラン系住民の居住地域であり、オアシス農業と隊商交易によって繁栄した。シルクロードの要衝に位置し、中国・イラン・インド・地中海世界を結ぶ交易路網の一角を担った。イスラーム勢力の進出後、この地域はイスラーム世界の一部となり、モスクやマドラサが建設され、イスラーム学術やイスラム教文化が浸透した。その後も各種ハン国や地方政権の支配下に入りながら、オアシス都市としての性格を保ち続けた。
ロシア帝国支配と植民都市
19世紀になると、南下政策を進めるロシア帝国が中央アジアへ侵攻し、1865年にタシケントを占領した。ロシアはここをトルキスタン総督府の本拠とし、軍事・行政の中心都市として再編した。城壁外にはロシア人居住区が建設され、直線的な道路網や官庁街が整備される一方、旧市街はムスリム住民の居住区として残された。鉄道の開通によって都市の交通・物流機能が高まり、綿花や穀物などロシア帝国内部との商品流通が活発化した。
ソ連時代の工業化と震災復興
1917年のロシア革命後、ソヴィエト社会主義共和国連邦体制の下でタシケントは再び位置づけを変えた。当初はトルキスタン自治ソビエト社会主義共和国の中心地となり、その後1920年代の民族区画政策を経て、1930年にウズベク・ソビエト社会主義共和国の首都となった。第2次世界大戦期には産業施設や避難民が移転し、工業都市としての性格が強まった。1966年には大地震が発生し、多数の建物が倒壊したが、ソ連各地からの支援により大規模な再開発が行われ、広い大通りと近代的建築を備えた新しい都市景観が形成された。
独立後の発展
1991年にソ連が解体されると、ソ連邦から独立したウズベキスタン共和国の首都としてタシケントは再出発した。独立後は国家建設の象徴的空間として、議会議事堂や大統領府、記念碑などが整備されるとともに、イスラーム宗教施設の復興も進んだ。市場経済化に伴い、銀行や商業施設、ホテルが増加し、旧ソ連諸国やロシア、中国、中東諸国との経済関係も深まっている。他方で、ソ連期に受け継がれた多民族都市としての性格も維持されている。
民族構成と言語
タシケントの住民は、ウズベク人が多数を占めるが、ロシア人、タジク人、カザフ人、タタール人など多様な民族で構成される。ソ連時代に形成された多民族社会は独立後も続いており、家庭や地域社会における言語使用も複合的である。公用語はウズベク語であるが、行政・ビジネス・高等教育の場ではロシア語も広く用いられ、事実上の共通語として機能している。こうした状況は、中央アジアの他都市、とくにベラルーシなど旧ソ連圏と同様に、歴史的な言語政策と移住の結果を反映している。
宗教と文化
タシケントの多数派宗教はイスラーム(スンナ派ハナフィー学派)であり、旧市街や周辺地域にはモスクやマドラサが点在する。ソ連期には宗教活動が厳しく制限されたが、独立後は宗教教育や礼拝が一定の範囲で認められ、伝統的なイスラーム文化が復興しつつある。市内にはハズラティ・イマム広場などイスラーム建築が集中する地区があり、観光資源ともなっている。また、劇場、コンサートホール、博物館なども整備され、ロシア的・ヨーロッパ的文化とイスラーム文化が交錯する独自の都市文化が発達している。
経済と交通
タシケントは、ウズベキスタン経済の中心として、機械工業、食品加工、繊維産業など多様な産業を抱える工業都市であると同時に、行政・金融・サービス業の集積地である。交通面では中央アジア有数の結節点であり、鉄道や幹線道路が国内各地およびカザフスタンやキルギスへ延びている。タシケント国際空港は、地域の航空ハブとして機能し、多くの国際線・国内線が発着する。1970年代に開業した地下鉄は、中央アジア初の地下鉄として知られ、ソ連時代のモザイク装飾を残す駅は観光名所にもなっている。
タシケントの特徴
- シルクロード期から続くオアシス都市としての歴史的継続性
- ロシア帝国支配とソ連時代の都市計画を反映した広い大通りと新市街
- ウズベク人を中心とした多民族・多言語社会
- イスラーム文化とロシア的・ヨーロッパ的文化が混在する都市文化
- 中央アジアの鉄道・航空の要衝としての交通結節機能