ウズベク|中央アジアのテュルク系民族

ウズベク

ウズベクは、中央アジアを代表するトルコ系民族であり、現在は主としてウズベク人国家であるウズベキスタンに居住するが、その分布はアフガニスタンやタジキスタン、カザフスタン、ロシアなど広い地域に及ぶ。彼らはトルコ語派に属するウズベク語を話し、多くがスンナ派イスラム教を信仰する。歴史的には、オアシス都市を拠点とした農耕・交易民としての側面と、草原を移動する遊牧民としての側面を併せ持ち、シルクロード世界の形成に大きな役割を果たしてきた民族である。

名称と分布

ウズベクという民族名は、中世の有力なハンの名に由来するとされ、のちに特定の政治勢力に従うトルコ系集団を指す呼称として定着した。現在、もっとも多くのウズベク人が暮らすのは中央アジアのウズベキスタンであり、タシュケント、サマルカンド、ブハラなどの都市は彼らの歴史と文化の中心地となっている。また、国境を越えて周辺諸国にも多数のコミュニティが存在し、出稼ぎ労働や移住を通じてロシアやトルコ、中東諸国にも定住者が増えている。

歴史的起源

ウズベク人の起源は、古くからユーラシア草原を移動していたトルコ系遊牧民と、オアシスに定住していたイラン系住民との混淆に求められる。中世にはチンギス=ハンの征服ののち、モンゴル帝国の一部として再編され、その過程でトルコ語化とイスラム化が進んだ。のちにシャイバーニー朝などのウズベク政権が成立し、ティムール朝の後継勢力と競合しつつ、ブハラ・ヒヴァ・コーカンドといったハン国が形成されていった。このような国家の興亡を通じて、現在のウズベク人の民族的枠組みが固まっていったと考えられる。

オアシス都市とシルクロード

サマルカンドやブハラなどのオアシス都市は、古来よりシルクロード交易の要衝であった。ここでは農耕と商業が発達し、ペルシア語文化やイスラム学問と結びついた高度な都邑文明が栄えた。ティムール朝の都サマルカンドは、建築・学問・芸術の中心として知られ、後世のウズベク政権にも強い影響を与えた。オアシス都市に暮らすウズベク人は、灌漑農業や市場経済を基盤としながら、多民族が往来する国際都市社会の一員として独自の都市文化を築き上げたのである。

遊牧世界とティムールの影響

ウズベク人の歴史は、草原を舞台とする遊牧世界とも密接に結びついている。モンゴル高原からカザフ草原にかけて広がるステップ地帯では、遊牧民とオアシス民が絶えず交流し、その中でトルコ系遊牧集団は権力基盤を拡大していった。ティムールとその後継王朝ティムール朝は、トルコ系・モンゴル系エリートをまとめ上げつつ、オアシス都市に壮大な建築と学芸をもたらした。この遊牧と定住の二重構造は、のちのウズベク社会にも色濃く残り、農耕民と半遊牧民が同じ民族名のもとで共存する基盤となった。

ロシア帝国とソ連時代

19世紀になると、ロシアの南下政策によりロシア帝国が中央アジアへ進出し、コーカンド・ブハラ・ヒヴァなどのハン国は次々と保護国化・併合された。これによりウズベク人は帝国内の被支配民族となり、軍事征服や行政改革を通じて土地制度や商業構造に大きな変化が生じた。1917年のロシア革命後、ボリシェヴィキ政権は民族境界画定を進め、1920年代にはウズベク人を主たる構成民族とする「ウズベク・ソビエト社会主義共和国」が編成されてソヴィエト社会主義共和国連邦の構成共和国となった。ソ連期にはロシア語教育や工業化が進む一方、イスラム信仰や伝統文化への統制も強められた。

独立後の社会と国家形成

1991年のソ連解体にともない、ウズベキスタンは独立国家として歩み始めた。新政府はウズベク語を国家の象徴と位置づけ、歴史叙述のなかでティムールや古代都市の遺産を積極的に評価し直すことで、民族的アイデンティティの強化を図った。一方で、経済の市場化や政治体制の安定化には課題も多く、出稼ぎ労働や人口増加への対応など、社会構造の変化が続いている。周辺諸国に暮らすウズベク人コミュニティとの関係も、外交・経済・文化の各面で重要性を増している。

言語・文化・日常生活

ウズベク語はトルコ語派に属する言語であり、歴史的にはアラビア文字・ラテン文字・キリル文字と文字体系を変化させてきた。語彙にはペルシア語やアラビア語由来の語も多く、オアシス都市の文化的多様性を反映している。宗教面ではスンナ派イスラム教が主流であり、モスクへの礼拝やラマダーンの断食、聖者廟参拝などの実践が人々の生活に根付いている。ピラフ料理「プロフ」や焼き餃子「マンティ」、鮮やかな衣装や刺繍、民俗音楽と舞踊などは、都市・農村を問わずウズベク文化の象徴として親しまれている。

トルコ系民族との関係

ウズベク人は、言語・文化の面でトルコ系民族の一員として位置づけられる。カザフ人やキルギス人、トルクメン人、トルコ共和国のトルコ人など、広範なトルコ系諸民族との間には、共通の言語的特徴や遊牧文化の記憶、イスラム信仰などの共通点が見られる一方、オアシス都市に根ざした農耕・商業文化の比重が高い点や、ティムール朝・ブハラ・ヒヴァといった歴史的伝統はウズベク人固有の特色となっている。現代の中央アジアにおいて、こうした類似と相違は、地域協力と民族アイデンティティの両面に影響を与え続けている。