サイレントチェーン
サイレントチェーン(silent chain)とは、歯形を備えたリンクプレートを多層に重ね、ピンで連結した動力伝達用チェーンである。プレート自体がスプロケットの歯に直接かみ合うため、ローラーチェーンのようなローラーとブシュを持たず、かみ合い時の衝撃と隙間が小さい。その名の通り騒音が少なく、高速回転に耐えることから、自動車エンジンのタイミングチェーンや無段変速機まわりの伝動に広く使われている。歯付きの形状から「インバーテッドトゥースチェーン(inverted tooth chain)」とも呼ばれ、JIS B 1804およびANSI B29.2で規格化されている。
サイレントチェーンの歴史
歯形リンクによるチェーン伝動の原型は19世紀末にさかのぼる。1895年頃、英国のハンス・レイノルド(Hans Renold)がインバーテッドトゥース構造を考案し、初期の自動車や工作機械の一次伝動に採用された。20世紀初頭の米国では、モールス(Morse)社が発展型を量産し、T型フォード時代の自動車産業を支えている。日本では戦後、椿本チエインや大同工業などのチェーンメーカーが国産化を進め、1980年代以降はOHCエンジンのカム駆動が歯付ベルトからチェーンへ回帰する流れの中で、静粛性に優れるサイレントチェーンの需要が再び拡大した。
構造とかみ合いの原理
基本要素は、2つのツメ(歯)を持つ板状のリンクプレートと、それらを連結するピンである。プレートを負荷に応じて数枚から十数枚重ね、隣接リンクと互い違いに組んでピンで結合するため、チェーン幅は数mmから100mmを超えるものまで自由に構成できる。歯面の形状は歯車の歯形理論、特にインボリュート曲線の研究に基づいて設計されており、かみ合い開始から離脱までリンク斜面がスプロケット歯面に密着し続ける。ローラーが歯底に落ち込む際の打撃音が原理的に発生しないことが、静粛性の根拠である。蛇行を防ぐため、中央または両側面にガイドリンクを配置する。強度は主としてピンの表面硬度と断面積に依存し、ピンには浸炭焼入れなどの表面硬化処理が施される。
ローラーチェーンとの比較
同じ巻き掛け伝動でも、ローラチェーンとは得意分野が明確に分かれる。かみ合い機構と部品構成の違いが、速度限界・騒音・コストの差として現れる。
| 項目 | サイレントチェーン | ローラーチェーン |
|---|---|---|
| かみ合い | プレート歯面が直接かみ合う | ローラーが歯底に着座 |
| 許容速度 | 高速向き(目安30m/s前後) | 中低速向き(目安15m/s以下) |
| 騒音・振動 | 小さい | 比較的大きい |
| 幅方向の拡張 | プレート枚数で自由に調整可 | 多列化で対応 |
| 価格 | 高い | 安価で入手性が良い |
種類とハイボチェーン
標準形のほかに、ピンを2分割し、屈曲時に2本のピン同士が転がり接触するロッカージョイント式がある。すべり摩擦を転がりに置き換えることで屈曲抵抗が小さく、伝達効率は98%を超えるとされる。この方式の代表がボルグワーナー系の「ハイボ(Hi-Vo)チェーン」で、Hi-VoはHigh Velocityに由来する商標である。屈曲抵抗の低減に伴い弦振動が出やすいため、ばねリンクを挿入して振動を抑える設計が多い。四輪駆動車のトランスファーやCVTの動力分配部など、大トルクかつ静粛性が要求される部位で採用されている。
主な用途
最大の用途は自動車エンジンのタイミングチェーンであり、ピッチ6.35mmや8mmの小ピッチ品がクランクシャフトとカムシャフトの同期に使われる。ベルト式のタイミングベルトが10万km前後で交換を要するのに対し、チェーン式は適切な油温管理下でエンジン寿命に近い耐久性を持つ点が実務上の利点である。産業分野では、印刷機や製紙機械の高速伝動、熱間鍛造プレスからの高温搬送ラインにも使われる。搬送用途ではプレート上面が平滑なため、ガラスや鋼板を傷つけずに直接載せて運べることがチェーンコンベアとしての強みになる。摩擦伝動のVベルトではスリップが許容できない同期搬送で、選定候補に挙がることが多い。
使用上の注意点
サイレントチェーンは潤滑管理が寿命を左右する。ピンとプレート穴の間はすべり接触であり、油膜が切れると摩耗によるチェーン伸びが急速に進行する。伸び率の使用限界は一般に1.5%程度とされ、これを超えるとかみ合い位置がずれて騒音が再発し、最悪の場合は歯飛びに至る。エンジン用途ではオイルの劣化や汚染が摩耗を加速させるため、オイルフィルターを含む油管理が保全の要点となる。設計面では、スプロケット歯数を少なくしすぎると多角形運動による速度変動が増えるため、歯数は17枚以上を目安に選定する。歯数が少ない場合の挙動は、小歯車で問題となるアンダーカットと同様に、かみ合い理論に立ち返って検討する必要がある。なお、コストはローラーチェーンの2倍前後になることが珍しくなく、静粛性・高速性が不要な一般産業機械では過剰品質となる点も、選定時に押さえておきたい。
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