イラン立憲革命|専制打倒を目指す立憲運動

イラン立憲革命

イラン立憲革命は、20世紀初頭のイランで専制的なカージャール朝の王権を制限し、議会と憲法にもとづく立憲政治を樹立しようとした政治・社会運動である。商人やウラマー(イスラーム法学者)、近代的教育を受けた知識人など、多様な勢力が都市を中心に結集し、専制打破と法の支配を求めた点に特色がある。この運動は、同時期のオスマン帝国の改革や青年トルコ革命とも並行する、西アジアにおける憲政運動の重要な一環であった。

歴史的背景と専制政治への不満

イラン立憲革命の前提には、カージャール朝の長期にわたる専制政治と財政危機があった。19世紀以降、イランはロシアやイギリスに度重なる不平等条約を結ばされ、関税自主権の喪失や領土割譲を経験し、国家主権は大きく損なわれた。王権は財政難を補うために利権を外国企業に売却し、その象徴がタバコ専売権の供与であり、これはのちのタバコ=ボイコット運動へとつながった。物価高騰や失業に苦しむ都市住民やバザール商人の不満は高まり、専制と外国支配への反発が政治化していった。

タバコ=ボイコット運動から憲政要求へ

1891年に起こったタバコ専売への抵抗運動は、宗教指導者の勅令を通じて全国的なボイコットとなり、最終的に専売契約を撤回させることに成功した。このタバコ=ボイコット運動は、民衆・商人・ウラマーが連帯して政府と外国利権に圧力をかけうることを示し、その経験がイラン立憲革命の大きな前史となった。背景には、イスラーム世界の団結を唱えたアフガーニーや、その後継者的存在であるムハンマド=アブドゥフらが展開した改革思想やパン=イスラーム主義の影響も認められる。

立憲革命の勃発とマジュレスの成立

イラン立憲革命そのものは、1905年前後の物価高騰と官僚の汚職を契機に、テヘランの商人や宗教指導者が司法の公正と「正義の家」の設置を要求したことから本格化した。やがて要求は国王の権限を制限し、人民代表からなる議会(マジュレス)を設置するという立憲要求へと発展する。1906年、圧力に屈したムザッファルッディーン=シャーは憲法制定を約し、同年に選挙が行われて第1回マジュレスが開会した。ここに、イラン史上初の立憲体制が成立したのである。

憲法の内容と立憲体制の特徴

1906年憲法と1907年の補足基本法は、王権を法律と議会によって制限する近代的な立憲君主制の枠組みを定めた。マジュレスは立法権と予算審議権を持ち、政府は議会に対して責任を負うと規定された一方で、王は依然として行政の長として一定の権限を保持した。また、イスラーム教義との整合性を確保するため、ウラマーからなる監督機関が法律を審査する条項も設けられ、宗教と立憲制の折衷が図られた。これらは、同時期のオスマン帝国におけるオスマン主義統一と進歩委員会の試みと比較されることが多い。

反動と内戦、外国勢力の介入

しかし、イラン立憲革命は順調に進展したわけではない。1907年に即位したモハンマド=アリー=シャーは専制回復を試み、1908年にはロシアの支援を得てマジュレスを砲撃し、議会を解散させた。これに対し、タブリーズやギーラーン、イスファハーンなど地方の立憲派は武装蜂起し、内戦状態となる。1909年には立憲派部隊がテヘランを占領し、国王を退位させて少年王アフマド=シャーを擁立し、議会を復活させた。しかしロシアとイギリスは1907年の協定でイランを勢力圏に分割しており、最終的にロシアの圧力で1911年にマジュレスは再び解散させられ、立憲体制は大きく後退した。

西アジアの民族運動との関連と歴史的意義

イラン立憲革命は、結果として不安定な立憲君主制と外国支配の継続を残したものの、西アジア地域における立憲主義と民族運動の先駆的事件として高く評価されている。同時期のオスマン帝国における青年トルコ革命や、広い視野でとらえた西アジアの民族運動と立憲運動とともに、専制と帝国主義に対する抵抗の新しい形を示したからである。その後のイランでは、レザー=ハーンによるパフレヴィー朝の成立や石油国有化運動など、近代国家建設と民族自立をめぐる闘争が続いていくが、それらの政治文化の基層には、この時期に培われた立憲主義の経験が深く刻まれている。

イスラーム改革思想と立憲革命の位置づけ

イラン立憲革命は、単なる王権と民衆の対立にとどまらず、イスラームの教えと近代的立憲主義をどのように調和させるかという理論的課題を突きつけた点でも重要である。これは、汎イスラーム的な連帯を訴えたパン=イスラーム主義や、オスマン帝国内部で多民族共存を志向したオスマン主義、さらにはアジア各地の抗日・抗欧運動やベトナム光復会のような独立運動とも通じる課題であった。こうした広域的な流れの中で、イランの経験はイスラーム世界における近代国家形成と憲政の模索を象徴する出来事として位置づけられる。