イオン交換
イオン交換とは、固相に固定されたイオン性官能基と溶液中のイオンとの間で電荷を保ちながら置き換えが起こる現象、およびそれを利用した分離・精製操作の総称である。天然にはゼオライトや粘土鉱物にみられる性質であり、現在では合成樹脂や膜材料を用いて水処理、化学分析、医薬品精製など幅広い分野で工業的に応用されている。
発見と工業化の経緯
この現象が科学的に記録されたのは1850年、英国の農学者トンプソンとウェイが土壌にアンモニウム塩を加えた際、土壌粒子がカルシウムを放出しアンモニウムを保持する挙動を観察したことに始まる。当初は農地の肥料保持力を説明する学説にすぎなかった。工業材料として飛躍したのは1935年、英国のアダムスとホームズが合成フェノール樹脂による交換体を開発してからである。1944年にはダウケミカル社がスチレン・ジビニルベンゼン共重合体を母体とする樹脂を実用化し、機械的強度と耐久性が大幅に向上した。この経緯はアルカリ金属やアルカリ土類金属を含む硬度成分の除去技術として、後の水処理産業の基盤を形づくった。
交換反応が進む仕組み
交換体の骨格には−SO3H(強酸性)、−COOH(弱酸性)、−N(CH3)3+(強塩基性)、−NH2(弱塩基性)などの官能基が固定されており、対イオンが溶液中のカチオンやアニオンと選択的に交換される。選択性は電荷密度とイオン半径に依存し、一般に価数が大きく水和半径の小さいイオンほど樹脂への親和性が高い。強酸性陽イオン交換樹脂の交換容量はおおむね4.4meq/g前後であり、粒径0.3〜1.2mmの球状ビーズとして充填塔に詰められる。反応は可逆であるため、飽和した樹脂は再生剤で元の対イオンに戻し繰り返し使用できる。
樹脂の種類と特性比較
交換体は官能基の種類によって大きく4系統に分類され、それぞれ再生条件や適用可能なpH範囲が異なる。
| 種類 | 官能基 | 再生剤の目安 | 適用pH範囲 |
|---|---|---|---|
| 強酸性陽イオン交換樹脂 | スルホン酸基 | 塩酸4〜10% | 全域 |
| 弱酸性陽イオン交換樹脂 | カルボキシル基 | 硫酸2〜5% | pH7以上 |
| 強塩基性陰イオン交換樹脂 | 第四級アンモニウム基 | 苛性ソーダ4% | 全域 |
| 弱塩基性陰イオン交換樹脂 | 第一〜第三級アミン基 | アンモニア水 | pH7以下 |
強塩基性陰イオン交換樹脂は使用温度の上限がおよそ60℃とされ、これを超えると官能基の分解による交換容量の低下が進む。塩化ナトリウム水溶液を再生剤として用いる軟水化用途では、より緩やかな条件で運転される点が実務上の相違点である。
水処理分野での利用
半導体工場や発電所では、原水中の電解質を極限まで除去した超純水が求められる。この工程ではUFや逆浸透膜で懸濁物質や大半の溶存塩類を除去した後、混床式のイオン交換塔に通水し、電気伝導率を0.1µS/cm以下、比抵抗18MΩ・cm以上まで高めるのが一般的な仕上げ工程となる。ボイラ給水の分野でも同様の考え方が採られ、ボイラー配管内でのスケール付着や腐食を防ぐために、硬度成分を含む陽イオンを事前に除去する軟水化・脱塩処理が組み込まれる。クーリングウォーターの補給水系統でも、循環水中のシリカや炭酸カルシウムの濃縮を抑える目的で採用例が多い。
分析化学と食品・医薬分野
分析化学では、イオンクロマトグラフィーの分離カラムに樹脂が充填され、微量の陰イオン・陽イオンを高精度に定量する手段として利用される。タンパク質やアミノ酸の分離精製にも同原理が応用され、等電点の差を利用してカラムクロマトグラフィーにより成分ごとに溶出させる手法が確立している。医薬品原料の脱塩や糖液の精製、ワインや果汁の酒石酸除去なども現場でよく見られる用途である。
現場運用でのコストと注意点
導入時に見落とされがちなのが再生廃液の処理費用である。強酸性樹脂の再生には塩酸、強塩基性樹脂には苛性ソーダを用いるため、中和設備や産業廃棄物としての処分契約が別途必要になり、樹脂単価だけで比較すると総コストを見誤りやすい。また、鉄分やマンガンを含む原水では樹脂表面が汚染され、交換容量が短期間で低下するファウリングが起こりやすいため、前段にろ過装置を設置し原水水質をJIS K 0101に定める試験方法で定期的に確認する運用が現場では定着している。樹脂の交換周期は一般に3〜5年とされるが、再生回数や汚染負荷によって前後する。
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