きさ仕上げ
きさ仕上げは、機械要素の摺動面や基準面に対して、人手で微小な高まり(ハイスポット)を一つずつ削り落とし、面の幾何精度と摺動特性を整える手仕上げである。一般には「きさげ仕上げ」「scraping」とも呼ばれ、鋳鉄案内面や定盤、直定規などの精密基準面づくりに用いられる。切削や研削で到達しにくい真の当たりと油だまり(フロスティング)を同時に実現でき、低速域でのスティックスリップ抑制、なじみ性、静粛性を高めることが特徴である。用途は工作機械の摺動案内、測定器の定盤、精密治具の位置決め面など広範囲に及ぶ。
定義と役割
きさ仕上げは、平面度・真直度・直角度などの幾何誤差を、基準器に青ニス(転写色)を塗って当て、転写された点だけをスクレーパで除去し、当たり点を均等化していく工程である。面全体を削る加工ではなく、局所的な微量除去を反復する。これにより、均一な支持点分布と適切な油膜保持形状を付与し、摺動面の寿命と精度安定性を高める。
対象材と用途領域
対象材は主にねずみ鋳鉄や球状黒鉛鋳鉄で、炭素鋼や鋼焼入れ材では刃先摩耗やバリの発生に留意する。代表的な適用は、工作機械のベッド・コラム・摺動案内、定盤・角定盤、直定規、Vブロック、スピンドルハウジングの当たり調整、測定機器の基準面などである。特に摺動案内では、低速送りの追従性と微小送り安定化に寄与する。
原理と基本工程
- 基準面準備:基準器(定盤・ストレートエッジ)に薄く青ニスを塗布する。
- 転写:対象面を軽く摺り合わせ、ハイスポットへ色を転写する。
- 除去:色の付いた点をスクレーパで微量切削する。
- 反復:転写→除去を繰り返し、当たり点密度と分布を整える。
- フロスティング:必要に応じ油だまりパターンを刻み、潤滑保持と摺動安定性を向上させる。
工具・刃先と作業姿勢
工具はスクレーパ(平・三角・反り)を用い、刃先は超硬または高速度鋼を適材適所で使い分ける。刃角は対象材の硬さや切れ味で最適化し、刃先の面直性を保つためオイルストーンで頻繁に整える。姿勢は肩と体幹で押すイメージで、手先に頼らず一定角度・一定荷重で短いストロークを刻む。三点支持の安定した据え付けと、温度安定化(熱変形回避)が前提条件である。
油だまり(フロスティング)の設計
フロスティングは微小な交差ハッチや点列を意図して刻み、油膜の保持と汚れの逃げを確保する処理である。摺動方向・荷重・潤滑方式に応じ、ハッチ角度、ピッチ、深さを調整する。過度な刻みは支持剛性を損なうため、当たり点分布(例:25×25 mm当たりの点数)とのバランスが重要である。
精度評価と規格の読み方
幾何精度は平面度・真直度・直角度などで評価し、粗さは「JIS B 0601」や「ISO 4287」等の指標(Ra、Rz、Rmr など)を参照して管理する。ただしきさ仕上げでは、粗さ値の絶対値よりも「当たりの均一性」「支持点の健全性」「摺動時の摩擦挙動」が機能に直結する。検査は基準器、ダイヤルゲージ、自動レベル、光学式ストレートエッジ、表面粗さ計を適宜併用する。
平面度・真直度の確保
基準器との繰り返し転写で高まりだけを除去するため、基準の品質と据え付け環境が精度を左右する。基準器の清掃・脱脂、粉じん管理、温度均一化、部材の内部応力除去(時効処理)などを準備段階で徹底することで、反りや捩れの再発を抑えられる。
粗さパラメータと当たり
Ra が小さくても当たりが偏ると摺動は不安定になる。機能を重視する場合は、所定エリア当たりの点数・分布、接触斑の均一性、移動方向沿いの油だまり連続性を併記して受入基準を定義する。検査記録に、斑点写真やヒートマップ(面内分布)を残すと再現性の高い管理が可能である。
関連仕上げ法との関係
- 研削:広い面の平面度を短時間で整える下地づくりに適し、その後のきさ仕上げで当たりを整える。
- ラップ・ホーニング:寸法・肌の微調整に適し、機能面ではきさ仕上げの支持点最適化と補完関係にある。
- 摺り合わせ:砥粒を介した相互当たり出し。scraping は砥粒を使わず高まりだけを切削する手法である。
設計・製造での留意点
設計段階では、摺動荷重、潤滑方式(油溝の有無、供給法)、熱源配置、据え付け基準(キネマティック・マウント)を定義し、当たり目標(点数・分布・方向性)を図面または検査票に明記する。製造では、前工程での内応力対策、研削による下地精度、面取り・バリ取り、錆・スケール除去、保護皮膜の管理が品質の基礎となる。
品質管理と測定の段取り
測定は「基準確認→転写→除去→再測定」の短サイクルで進め、環境条件(20 ℃、安定時間)、作業者間のばらつき、工具摩耗を管理する。基準器の定期校正、転写剤の塗布厚さ管理、当たり写真の保存、点数カウントのルール化(区画サイズの統一)により再現性を確保できる。
不具合の典型例と対策
- 当たりの集中:荷重経路を想定し直し、対角・周辺へ当たりを分散させる。
- 摺動の引っかかり:フロスティングの方向性とピッチを見直し、油膜の連続性を確保する。
- 熱による再変形:据え付け姿勢と温調、加工間の養生時間を延長する。
- 刃先の狂い:刃角復元と面直の維持、砥石やダイヤモンドラッパでの整刃頻度を上げる。
安全・環境面
手作業でのきさ仕上げは刃先の飛散・滑りによる怪我を防ぐため、滑り止め手袋と目の保護具が必須である。青ニスや洗浄剤の揮発性に注意し、換気と拭き取り廃液の適正処理を行う。切りくずは微細で付着しやすいため、定期的な清掃と機器内への侵入防止が望ましい。