いざり機|地機とも呼ばれる日本最古の織機

いざり機

いざり機(いざりばた)とは、日本の伝統的な織機の一種であり、織り手が床に座った状態で自らの腰を使い、経糸の張力を調整しながら織り上げる原始的かつ高度な水平織機の総称である。主に結城紬などの伝統的な織物の制作に使用され、その歴史は日本史における極めて古い段階まで遡ることができる。現代では「地機(じばた)」とも呼ばれ、重要無形文化財の指定を受ける高度な技法を支える不可欠な装置として位置づけられている。

いざり機の歴史的背景と起源

いざり機の起源は非常に古く、考古学的な知見によれば弥生時代にはすでにその原型が存在していたと考えられている。静岡県の登呂遺跡などから出土した木製部材の研究により、当時の人々が腰当てを用いて経糸を張る原始的な機織りを行っていたことが裏付けられている。その後、奈良時代から江戸時代にかけて、中国大陸から伝来した高機(たかはた)が普及する一方で、農村部や特定の高級織物産地では、このシンプルな構造を持ついざり機が長く使い続けられた。特に、手紡ぎの糸を用いる繊細な作業においては、機械的な張力よりも人間の感覚による微調整が可能な本機が適していたためである。

構造と主要な構成部品

いざり機の最大の特徴は、独立した強固なフレームを持たず、織り手の身体そのものが機の一部として機能する点にある。主要な部品には以下のものが挙げられる。

  • 鳥居(とりい):経糸を支えるための木製の枠組みであり、形状が神社の鳥居に似ていることからその名がある。
  • 千切(ちぎり):経糸を巻き取っておくための太い木棒。
  • 布箱(ぬのばこ):織り上がった布を巻き取る装置。
  • 腰当て(こしあて):織り手の腰に当てる革や布製の帯で、これを通じて経糸の張力を調節する。
  • 杼(ひ):緯糸を通すための道具。
  • 筬(おさ):経糸の密度を整え、緯糸を打ち込むための櫛状の道具。

これらの部品は互いに完全に固定されているわけではなく、織り手が足を伸ばしたり腰を引いたりする動作によって、全体のバランスが保たれる仕組みとなっている。

技術的特徴と織りのメカニズム

いざり機を用いた製織技法は、全身を駆使する重労働であると同時に、極めて繊細な感覚が要求される。織り手は床に座り、両足を千切の近くまで伸ばして踏み木を操作することで、経糸の開口を行う。この際、腰に巻いた腰当てを介して経糸が自分自身に繋がっているため、呼吸やわずかな姿勢の変化が直接的に糸の張力に影響を与える。この「五体で織る」と表現される身体性が、後代の産業革命以降に登場する動力織機には真似のできない、独特の風合いを生み出す要因となっている。特に、無理なテンションをかけずに織ることができるため、強度の弱い手紡ぎ糸であっても断糸を防ぎつつ、空気を含んだような柔らかな布地を仕上げることが可能である。

結城紬と重要無形文化財としての価値

現代においていざり機が最も象徴的に使用されている例は、茨城県・栃木県を中心に生産される結城紬である。本場結城紬が重要無形文化財およびユネスコ無形文化遺産に登録されるための3つの条件のうちの一つに「地機(いざり機)で織ること」が明記されている。高機と比較して生産効率は著しく低いが、緯糸を打ち込む際に使用する重厚な「刀杼(とうじ)」の衝撃を身体で受け止めながら、一段一段丁寧に織り進めることで、数百年の着用に耐えうる堅牢さと美しさが両立される。このように、特定の伝統工芸品における品質の根幹を成す要素として、この古い技術体系が守り伝えられている。

現代における継承と課題

いざり機を用いた織物の技術を継承していくためには、多くの課題が存在する。第一に、織り手の身体的負担が大きく、一反を織り上げるのに数ヶ月を要するため、後継者の確保が困難であるという点である。また、機自体を製作する木工職人や、関連する道具を作る職人も減少しており、エコシステム全体の維持が危ぶまれている。しかし、近年ではスローライフやエシカル消費への関心の高まりから、手仕事の価値が見直されており、各地の工芸保存会や資料館による体験講座などを通じて、その価値を再発見する動きも見られる。古代から続くこの原始的なシステムは、人間と道具が一体となってものづくりを行う原点を示すものとして、今後も重要な文化的意義を持ち続けるであろう。