『嘉信』
『嘉信』(かしん)は、日本の経済学者であり無教会主義キリスト者である矢内原忠雄が、1938年(昭和13年)から1961年(昭和36年)にかけて主宰・発行した個人雑誌である。日中戦争から太平洋戦争へと至る言論統制の極めて厳しい時代において、国家主義や軍国主義に対する痛烈な批判を信仰の立場から展開し続けたことで広く知られている。本誌は、彼の恩師である内村鑑三の精神を色濃く受け継ぎ、聖書研究や時局に対する預言者的な警告を克明に記した重要な歴史的資料となっている。発行部数自体は決して多くはなかったものの、当時の知識人や信仰者の間で熱心に読まれ、日本の近現代史および精神史において独自の光を放っている。戦時下における非暴力・反戦の抵抗の証として、現在も思想史の研究対象として高く評価されている。
創刊の時代背景と矢内原事件
『嘉信』が産声を上げた1938年は、前年に盧溝橋事件が勃発し、日本が本格的な総力戦の泥沼へと突入していった時期であった。東京帝国大学教授であった矢内原忠雄は、植民地政策論を専門としながらも、日本の帝国主義的な大陸進出や同化政策を厳しく批判していた。その結果、右翼勢力や軍部から国家の基本方針に反する思想の持ち主として激しい非難を浴び、最終的に大学を辞職へと追い込まれた。これが世に言う「矢内原事件」である。教壇という公の場を追われた彼は、決して自らの信念を曲げることなく、言論の場を確保し、自らの信仰と徹底した平和主義を世に問うために本誌を創刊した。彼と志を同じくする吉野作造の民本主義の理念や、石橋湛山の小日本主義といったリベラルな知識人たちの思想が国家の力によって次々と沈黙を余儀なくされるなかで、個人の力で雑誌を発行し続けることは、文字通り命がけの極めて困難な挑戦であった。
誌名に込められた意味と無教会主義の信仰
誌名である『嘉信』には、「嘉き(よき)おとずれ」すなわち新約聖書における「福音(ゴスペル)」を固く信じ、その真理を混迷する世に伝えるという意味が込められている。矢内原の強靭な思想的基盤は、日本の近代化の過程で独自に発展したキリスト教無教会主義にあり、新渡戸稲造らから直接学んだ普遍的なヒューマニズムと深い倫理観が通底している。誌面においては、国内外の政治動向に対する鋭利な論評だけでなく、彼が毎週自宅で開催していた家庭集会での聖書講義録が中心的な役割を果たした。国家が国民に対して現人神への絶対的な忠誠を要求するなかで、神という超越的な存在の前に立つ個人の主体性を説き続けたのである。
本誌の主要な掲載内容と構成
- 旧約聖書における預言書および新約聖書の精緻な講義録と講解
- ファシズムや軍国主義に対するキリスト教的視点からの預言的批判
- 国内外の政治、経済、社会問題に関する独自の分析と論説
- 全国の読者から寄せられた書簡および信仰の証しの紹介
言論弾圧との闘いと廃刊への圧力
戦局が絶望的な状況へと悪化するにつれて、内務省や特別高等警察による言論統制と監視は苛烈を極め、『嘉信』もまた度重なる発禁処分や容赦のない伏字の強要を受けた。中江兆民の時代から連綿と続く近代日本の言論弾圧の歴史において、宗教的な良心にのみ絶対の根拠を置いた矢内原の抵抗は、極めて特異で孤高な位置を占めている。当局から自主廃刊を執拗に迫られた際、矢内原は「本誌は形小なれども国の柱である。これを倒すことは国を倒すことである」と敢然と反論し、決して権力に屈しなかった。同じ時代を生き、和辻哲郎や西田幾多郎などの哲学者たちが国家の動向に対してある程度の適応や独自の解釈を見出したのに対し、矢内原の非妥協的で真っ直ぐな姿勢は群を抜いていた。しかし、1944年(昭和19年)の末、ついに用紙配給の全面停止という国家の物理的な統制手段によって、本誌は一時的な休刊を余儀なくされることとなる。
戦後の復刊と平和主義の展開
1945年(昭和20年)8月の敗戦を経て、日本に民主主義と言論の自由が回復すると同時に、『嘉信』は速やかに復刊を果たした。矢内原は再び東京大学に教授として復帰し、後に総長という重責を担うこととなるが、その間も本誌の主筆として休むことなく健筆を振るい続けた。戦後の誌面では、日本国憲法において宣言された戦争放棄という徹底した平和主義の擁護や、真の民主主義を支えるための精神的基盤の構築が熱心に訴えられた。福沢諭吉がかつて近代日本の独立と個人の自立を高らかに説いたように、矢内原は敗戦によって価値観が崩壊した日本社会に対し、キリスト教の視座から新しい国家と個人の精神的な自立を追求したのである。彼の歩みは、死の直前である1961年(昭和36年)12月まで継続され、その思想と情熱は多くの読者や後進の研究者に深く受け継がれた。
歴史的意義と現代における評価
『嘉信』は、単なる一宗教者の私的な個人雑誌という小さな枠組みを大きく超え、昭和という未曾有の激動の時代における「日本の良心」を体現した記録として、今日でも極めて高く評価されている。国家という巨大な権力が暴走し、国民が狂気に飲み込まれていく中で、個人の信仰と研ぎ澄まされた理性がどのようにしてそれに立ち向かい得るのかという普遍的な問いに対し、本誌は一つの明確かつ壮絶な実践例を歴史に刻んだ。現代の日本史研究や思想史研究の分野においても、戦時下の日本における抵抗の精神構造を解き明かすための第一級の基礎史料として読み継がれており、平和と個人の尊厳を訴え続けたその真摯なメッセージは、不確実性の高まる現代社会においても決して色褪せることはない。
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