電子顕微鏡
電子顕微鏡は、高エネルギーの電子ビームを試料に照射して観察する装置で、光学顕微鏡では到達し得ない高い分解能を得られる点が最大の特徴だ。これは、電子の波長が可視光の波長より格段に短いことに起因している。透過型電子顕微鏡(TEM)では数オングストロームレベルの観察が可能であり、結晶構造の評価や原子配列の分析など高度な材料研究に欠かせない。一方、走査型電子顕微鏡(SEM)は試料表面をスキャンすることで三次元的な形状情報を得やすく、半導体製造分野をはじめ、多様な産業や学術研究で広く使われている。近年は、フォーカスイオンビーム(FIB)との複合装置や、各種分光分析装置との組み合わせが進み、多機能な観察・分析が可能になった。
原理
電子顕微鏡は、電子源(電子銃)から放出された電子を電磁レンズによって集束し、試料に照射して得られる信号を検出・画像化する原理を利用する。光学顕微鏡のレンズがガラス製であるのに対し、電子顕微鏡のレンズは磁場や電場で電子ビームを制御する。透過型(TEM)では薄片試料に電子ビームを透過させ、透過後の電子の位相や強度変化を投影像として観察する。走査型(SEM)では細い電子ビームを試料表面に走査し、二次電子や反射電子を検出して表面地形情報を得る。いずれの方式でも、高真空かつ高度な磁場制御が必要となり、試料の前処理や設置にも特殊な手順が求められる。
電子源と電磁レンズ
電子源には、熱電子放出型(タングステンフィラメント、LaB6カソード)や電界放出型(FEG)などが用いられ、電流密度やビームの安定性が装置性能を左右する。電界放出型は高輝度かつエネルギー幅の狭い電子ビームを提供できるため、高分解能が求められる用途に適している。電子を集束するための電磁レンズは、コイルで生成する磁場や電場で電子の進路を操り、精密に試料へ電子ビームを当てる。コイルの電流制御や電源の安定度がビーム品質に大きく影響するため、装置内部では厳密な温度管理と振動対策が施されることが多い。
種類と用途
代表的な電子顕微鏡の種類には、透過型電子顕微鏡(TEM)と走査型電子顕微鏡(SEM)の2つがある。TEMは原子スケールの分解能が得られるため、材料内部の微細構造や結晶配向の解析、原子レベルの欠陥観察に用いられる。一方、SEMは試料の立体形状や表面構造を観察するのに適しており、産業から生命科学まで幅広い分野で使われている。さらに、STEM(Scanning Transmission Electron Microscope)や複合装置(FIB-SEMなど)といった発展形も存在し、各種分光分析との組み合わせが進んでいる。
TEMとSEMの違い
TEMは高い加速電圧(200~300kV程度が一般的)で電子を薄片化した試料に透過させ、そのパターンや位相コントラストから原子配列や結晶欠陥を詳しく分析する。観察対象が試料内部の構造であるため、試料作製としてFIBで薄膜を作るなど手間がかかる。一方、SEMは比較的低い加速電圧(数kV~数十kV)で表面をスキャンし、弾き飛ばされた二次電子や反射電子を検出して表面形状を画像化する。立体感のある画像が得やすく、金属コーティングなど簡易な試料前処理が多い。両者は観察目的や分解能要求に応じて使い分けられている。
高分解能化と技術進化
電子顕微鏡は、電子銃の改良や球面収差補正技術の導入によって急速に高分解能化が進んできた。球面収差補正器(Csコレクター)は、従来の電磁レンズで避けられなかった収差を補正し、サブオングストロームレベルの観察を可能にしている。また、位相プレートやエネルギーフィルタなど、各種付加要素の開発により、試料構造だけでなく元素分布や電子エネルギー損失スペクトル(EELS)などを高空間分解能で取得できるようになった。これらの進歩は、物質科学やナノテクノロジーの発展を大いに後押ししている。
複合分析への展開
電子顕微鏡単独でも高精細な観察が可能だが、エネルギー分散型X線分析(EDS)や波長分散型X線分析(WDS)、電子線後方散乱回折(EBSD)などと組み合わせることで、元素分析や結晶方位解析も同時に行える。FIB(Focused Ion Beam)との連携では、試料断面をその場で作製してSEMやTEM観察に供する「FIB-SEM」装置も登場し、微小領域の三次元構造解析が実現している。これら複合分析装置の普及により、試料を破壊して内部を観察したり、局所的な断面を高速かつ正確に取り出すことが容易になった。