負帰還
負帰還とは、増幅回路の出力信号の一部を入力段へ戻し、入力信号と逆位相で合成する手法である。回路の安定性や線形性を向上させるだけでなく、周波数特性や利得の調整にも寄与する。この機構によって動作点の変動が抑えられ、目的とする増幅度や周波数帯域を細かく制御できるため、音響機器や測定器など精密なアナログ回路はもちろん、デジタル信号の前段処理でも広く用いられている。本稿では負帰還の定義や種類、歴史、メリット、設計上の課題などを概説し、その重要性を示すものである。
定義
負帰還は、出力信号と入力信号を反転結合することで、回路全体のゲインや位相特性を制御する技術である。具体的には、オペアンプなどの増幅素子において、出力側から抵抗などを介して入力側へ信号を戻し、位相を反転させて結合する。この作用により、出力が大きくなりすぎた場合はそれを抑制し、小さすぎた場合は補正するフィードバックが生まれるのである。結果として、素子本来のゲイン変動や温度変化によるドリフトを最小化し、設計段階で意図した安定した動作点を保ちやすいメリットが得られる。
種類
負帰還には複数の分類方法が存在するが、大きく分けて電圧帰還と電流帰還に区別される。電圧帰還では、出力電圧を入力段へ戻し、位相を逆転させることで全体の電圧ゲインをコントロールする。一方、電流帰還は出力電流を利用し、入力段の電流信号と逆位相で合成して動作点を調整する方式である。また、帰還信号の取り出し方や注入先に応じてシリーズ帰還、シャント帰還などの細分類もある。設計上は回路素子の特性や目標とする周波数帯域に合わせてこれらの手法を組み合わせることが多い。
歴史
負帰還という概念は、1920年代から1930年代にかけて電話回線の音声品質向上や発振器の安定化を目的として研究が進んだ過程で確立された。当初は高周波増幅器での発振を抑える副次的な技術として着目されていたが、ハロルド・ブラックの研究によって広範な増幅器設計に有効であることが明らかとなった。第二次世界大戦後は、レーダーや通信システムなど高度な制御技術が要求される分野で積極的に活用され、トランジスタ時代に入るとオペアンプなどのアナログICが登場するに至り、負帰還を前提とする高精度な回路設計が急速に普及したのである。
メリット
負帰還は、回路動作を安定化させるメリットをもたらす。まず、利得のばらつきが低減され、温度変化やトランジスタ特性の個体差による動作点のズレを補正できる。また、ノイズやひずみを抑える効果も大きい。たとえばオーディオアンプでは、高い利得により生じる歪み成分を負帰還が打ち消し、クリアな音質を得ることができる。さらに、周波数特性の整形が容易であり、必要に応じて特定周波数帯の増幅度を適切に制限することで、不要な発振や位相遅れによる不安定化を回避できる点も大きな利点といえる。
設計上の課題
負帰還を導入する際には、位相補償やゲインマージンの確保など注意すべき課題がある。特に高周波領域での位相遅延が大きいと、正帰還的な要素が混在して発振を引き起こす可能性が高くなる。オペアンプでは、コンペンセーション回路を挿入したり、適切なカットオフ周波数を設計することで安定動作を確保する。また、帰還ループで使用される抵抗やキャパシタなどの部品誤差も、目論みどおりの特性を得る妨げとなる。これらの要因を踏まえて設計・試作・評価を繰り返し、利得と帯域のバランスを最適化することが重要である。
応用例
負帰還の応用先は幅広い。アナログオーディオアンプ、計測器の増幅回路、電源回路の安定化制御、さらには産業用制御システムのフィードバック制御など、多岐にわたる分野で利用されている。たとえば、ACサーボモータの制御では、速度や位置の誤差を検出して負帰還をかけることで高精度な動作を実現している。また、高速ADCの前段に配置するバッファ回路でも、直線性向上のために負帰還を導入する場合が多い。このように回路の安定性や性能を高める基盤技術として、負帰還は不可欠な存在となっている。