調所笑左衛門|薩摩藩,明治維新

調所笑左衛門

薩摩藩の財政担当。薩摩藩も含めて藩の財政状況は悪化であったが、黒字化するとともに薩摩藩の実権を握っていく。しかし、幕府は薩摩藩の拡大を恐れた幕府によって自殺に追い込まれた。

目次

超長期での支払い

薩摩藩には500万両の債務があったが、他の藩が「おことわり」という徳政令を発行していたが、250年分割での超長期での支払いを確約させ、さらに借金を申しで、橋や道路などの公共事業、軍事費などに投資した。調所笑左衛門の財政改革が維新への資金となった。

中国への密貿易

調所は当時、幕府から琉球との貿易を起点に三角貿易を中国と行う。中国の製品を琉球に入れ、その製品をそのまま薩摩に輸入する。これを「抜け荷(密貿易)」という。またこの方法で、中国に加え東南アジアとの貿易を行った。さらに、調所は、側室お由良の子供(久光)を世継ぎ、これで薩摩藩の実権を握っていった。