三頭政治|ポンペイウス,クラッスス,カエサルのローマ帝国支配

三頭政治

三頭政治は、前60ポンペイウス・カエサル・クラッススの私的な盟約によって行われたローマ帝国の政治体制である。ポンペイウスはスペイン、クラッススはシリア、カエサルは未平定のガリアをそれぞれ勢力圏とした。三者は、徒党を組んで元老院を抑えこみ自らの法案を通すが、前53年クラッススの戦死後、カエサルの台頭を危険視したポンペイウスが元老院に接近し、カエサルと対立したため解消された。

目次

ポンペイウス

ポントゥスの王ミトラダテス6世(位前120~前63)が反ローマの戦争をおこし、これを破ったポンペイウス(前106~前48)が台頭した。ポンペイウスも強権的な姿勢で、強力な命令権を行使し、地中海の海賊やスパルタクスの反乱などを鎮圧した。

クラッスス

大富豪のクラッスス(前114頃~前53)は、経済力を背景に発言権を強めていた。スパルタクスの反乱にも出兵したが、戦歴に乏しい問題があった。三頭政治を実現した後、ガリアで活躍するカエサルに対抗するためパルティアとの戦争で奮起するが、戦死することになる。

カエサル

カエサルは、ポンペイウスについていたが、軍事的才覚にすぐれ頭角を現す。クラッススとポンペイウスの対立からローマ帝国の立法帰還は機能していなかったが、カエサルがポンペイウスとクラッススの間をとりもつことで協約関係が生まれ、三頭政治が始まる。

三頭政治

元老院が政治的・軍事的に優れたポンペイウス、経済力をもつクラッスス、軍才に優れたカエサルの三者を抑えつけようとしたため、3者は前60年、密約を結んで協約関係を結ぶ。これを三頭政治という。

元老院の反感

三頭政治は覇権を牛耳り、元老院は強い反感を持つようになる。特に元老院は強権的に進めるカエサルに強い不満を強めた。

ガリア遠征

ガリア知事となったカエサルは、ケルト人を平定し住民にローマ市民権を与え、ラテン文化を普及して勢力を増した。カエサルがガリア遠征を成功させ、『ガリア戦記』を書くと民衆の人気があがり、ポンペイウス、クラッススより台頭するようになる。その後、焦って遠征したクラッススがパルティア遠征で死ぬと、三頭政治は消滅する。残ったポンペイウスは元老院と同盟を組んで、カエサルを反逆罪で訴えるよう画策する。

カエサルの勝利

ポンペイウスと元老院に対し、反発したカエサルは軍を率いてローマに攻め込むことを決断する。ポンペイウスはローマ帝国を離れ、東方でカエサルの勢力を上回る兵を集めるが、劣勢は覆さず、やがてエジプトまで追い詰められる。ポンペイウスはエジプトに助けを求めたもののエジプトに殺害されるに至る。カエサルローマエジプト・スペインなどに転戦して、その残党の一掃、異民族の征討を果たし、前45年ローマに凱旋した。