相対主義|古代ギリシア,売春,無限循環,他

相対主義 Relativism

相対主義とは、知識や価値はそれ自体で存在する絶対的なものがあるという絶対主義を退け、それを認識する人間との関係によって相対的に変化するという考え方。絶対的な真理を否定して、真理の相対性を説く。ものごとについての判断は、絶対的な基準は存在せず、その人の感じ方・経験・立場によって、さまざまに変化する。絶対主義に対し、相対主義は、独断や思いこみを批判する点で優位性を持つ一方で客観的な真理の存在を否定する。この相対主義と絶対主義の議論は、古今東西、現代に到るまで続いいる

目次

古代ギリシアの相対主義

古代ギリシアでは相対主義を説くソフィストらと、絶対主義の立場に立つソクラテスプラトンとの対立があった。古代ギリシアの活躍した、ソフィストであるプロタゴラスは「人間は万物の尺度である」とし、そのひとそれぞれの価値や基準、認識の仕方があるとした。

売春の是非

売春は買い手側と売り手側の同意があるという点でその他の犯罪と異なる側で議論になることが多い。この場合、相対主義者は、それぞれの価値観があり、誰にも迷惑をかけないことから許容すべきだという立場になる。一方で、絶対主義の立場では、売春はそれ自体悪であり許容すべきでない、という立場になる。

相対主義の無限循環

相対主義を論理的につきつめると、相対主義の無限循環に陥る。

「あらゆる価値は、相対主義である」
『「あらゆる価値は相対主義である」という価値は相対主義である。』
[『「あらゆる価値は相対主義である」という価値は相対主義である。』であるという]・・・を繰り返す。