滅菌|微生物を完全に死滅させる処理技術

滅菌

滅菌とは、対象物に存在するすべての微生物を、細菌の芽胞やウイルスまで含めて殺滅または除去し、無菌の状態をつくり出す操作である。医療機器、医薬品、再生医療製品、食品容器など、微生物の混入が人命や品質に直結する分野で用いられる。手段は熱、化学物質、放射線、ろ過に大別され、対象物の耐熱性や材質、形状に応じて使い分けられる。

殺菌・消毒との違い

日常語では混同されやすい。殺菌は微生物を殺すことを広く指す言葉で、死滅させる範囲や程度を問わない。消毒は病原性をもつ微生物を害のない水準まで減らす処理であり、芽胞が生き残ることも許容される。これに対して滅菌は「すべて」を対象とする点で、三者のうち最も厳しい概念にあたる。ただし微生物の死滅は確率的に進むため、生存菌数が完全にゼロであることは証明できない。そこで国際的には無菌性保証水準(SAL:Sterility Assurance Level)という指標を用い、製品1個あたりに微生物が生き残る確率を10−6以下に抑えた状態を滅菌と定義している。

死滅の速さを表すD値

一定の条件下で、微生物は対数的に減っていく。初期菌数をN0、処理時間をt、生存菌数をNとすると、その関係はN = N0 × 10−t/Dで表される。式中のDがD値で、菌数を1/10に減らすのに要する時間を意味する。121℃の飽和蒸気に対するGeobacillus stearothermophilusの芽胞では、D値はおよそ1.5〜3分。初期菌数が106個なら、SAL 10−6に到達するまで12桁、つまりD値の12倍の時間が必要になる。これが「12D」と呼ばれる考え方で、処理条件を設計する際の出発点となっている。

技術の歩み

加熱によって微生物が死ぬことは、19世紀にルイ・パスツールらの研究で科学的に裏付けられた。1879年にはシャルル・シャンベランが圧力釜を応用した蒸気式の装置を考案し、これが今日のオートクレーブの原型となる。20世紀半ばにプラスチック製の使い捨て器具が普及すると、熱に弱い製品をどう処理するかが課題になった。1950年代には酸化エチレンガスによる方法が、1960年代以降にはコバルト60を線源とするガンマ線照射が工業化されている。1990年代に入ると過酸化水素ガスプラズマ方式が実用化され、病院内でも短時間の低温処理が可能になった。

熱を利用する方法

信頼性が最も高く、残留物の心配もないのが加熱方式である。鋼製小物、ガラス器具、培地などは、熱に耐える限り原則としてこの方法で処理される。

高圧蒸気滅菌

ゲージ圧で約0.1MPa以上に加圧した飽和蒸気を用いる方式で、代表的な条件は121℃で15〜20分、または134℃で3〜10分。蒸気が凝縮するときに放出する潜熱がタンパク質を速やかに変性させる。缶内に空気が残ると温度の上がらない部分ができるため、真空ポンプで脱気を繰り返すプレバキューム式が病院の中央材料室では主流になった。湿熱による処理の要求事項はISO 17665に定められている。

乾熱滅菌

乾燥空気で加熱する方法で、160℃で2時間、180℃で30分以上といった条件が用いられる。湿熱より熱の伝わりが遅く時間はかかるものの、粉末や油脂、蒸気の届きにくいガラスアンプルの処理に向く。医薬品の注射剤ラインでは、エンドトキシン(発熱性物質)を不活化する脱パイロジェンを兼ねて、250℃前後のトンネル式乾熱装置が組み込まれることが多い。関連規格はISO 20857である。

低温で処理する化学的方法

カテーテルや軟性内視鏡など、樹脂製の医療機器は高温に耐えられない。こうした製品はガスや蒸気状の薬剤で処理する。酸化エチレン(EO)ガスはアルキル化作用で微生物のDNAやタンパク質を破壊し、37〜63℃程度の低温で処理できる。浸透性に優れ、段ボール箱に梱包したままでも処理が可能。その反面、毒性と発がん性をもち、処理後は数時間から数日かけてエアレーションを行い、残留ガスを抜く必要がある。日本では特定化学物質障害予防規則の対象とされ、作業環境の管理濃度は1ppmに設定されている。過酸化水素を使う方式は、分解生成物が水と酸素だけで済み、処理時間も30〜75分程度と短い。ただし、セルロースを含む紙や布、粉体、液体は薬剤を吸着してしまうため処理できない。

放射線を用いる方法

ガンマ線や電子線を照射し、微生物のDNAを切断する。注射器、縫合糸、手術用手袋、輸液セットなど、大量生産される単回使用製品の多くがこの方法で処理されている。標準的な吸収線量は25kGyで、ISO 11137に基づき製品の初期菌数から必要線量を設定する。温度がほとんど上がらず、最終包装のまま処理できるので、二次汚染のおそれが小さい。電子線は照射時間が数秒から数分と短く、線源の管理も比較的容易な一方で、透過力が低いため高密度の製品には不向きである。ポリプロピレンやPTFEのように照射で劣化・変色しやすい樹脂もあり、材料の段階から考慮しておかなければならない。

方式ごとの比較

主要な方式の条件と適用範囲を整理すると、次のようになる。

方式 代表的な条件 主な対象 関連規格
高圧蒸気 121℃・15〜20分 鋼製器具、ガラス、培地 ISO 17665
乾熱 160℃・2時間 ガラス、粉末、油脂 ISO 20857
EOガス 37〜63℃・数時間+エアレーション 樹脂製品、カテーテル ISO 11135
過酸化水素 45〜55℃・30〜75分 内視鏡、電子部品を含む器材 ISO 22441
放射線 25kGy 単回使用の量産品 ISO 11137

バリデーションと工程管理

処理後の製品を検査しても無菌性は保証できないため、滅菌は「特殊工程」として扱われる。装置と工程の妥当性を事前に検証するバリデーションが欠かせず、据付時適格性確認(IQ)、運転時適格性確認(OQ)、稼働性能適格性確認(PQ)の3段階で、温度分布、熱浸透、ガス濃度、線量分布などを実測する。日常の管理では、指定の芽胞を担体に付着させた生物学的インジケータ(BI)と、色の変化で条件への到達を示す化学的インジケータ(CI)を併用する。蒸気にはGeobacillus stearothermophilus、EOガスや乾熱にはBacillus atrophaeusの芽胞を用いるのが一般的。医療機器メーカーでは、これらの記録をISO 13485に基づく品質マネジメントシステムの中で管理する。

製造現場での選び方

設備を自社で持たず、受託業者に処理を委託するメーカーは少なくない。ガンマ線照射施設は線源と遮へい建屋に数十億円規模の投資を要することもあり、中小の医療機器メーカーはパレット単位で照射を依頼するのが通例となっている。委託する場合は、輸送と順番待ちで納期が1〜2週間延びることを生産計画に織り込んでおく。見落とされやすいのが包装材の選定である。EOガスや蒸気を使うなら通気性のある滅菌紙や不織布が必須となり、放射線であればバリア性の高いフィルムも選べる。量産後に材料を変更すると再バリデーションが発生し、数か月単位の遅れを招く例も珍しくない。どの方式で処理するかを設計初期に決め、樹脂グレードや接着剤の耐性を確かめておけば、開発コストを大きく抑えられる。

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