浸透圧
浸透圧とは、溶媒は通すが溶質は通さない半透膜で濃度の異なる2つの溶液を仕切ったとき、溶媒が薄い側から濃い側へ移動しようとする作用を、ちょうど止めるのに必要な圧力のことである。記号はπで表し、単位にはPa(パスカル)を用いる。希薄溶液であれば溶質の種類に関係なく、粒子の数だけで値が決まる。このような性質を束一的性質と呼び、沸点上昇や凝固点降下と同じ仲間に分類される。現在の製造業では、海水淡水化や超純水製造に使う逆浸透(RO)膜の設計に欠かせない物理量となっている。
ペッファーの実験からファントホッフの法則へ
浸透という現象自体は、18世紀半ばにフランスのノレが豚の膀胱を使って観察していた。これを数値として測ったのが、ドイツの植物学者ヴィルヘルム・ペッファーである。1877年、ペッファーは素焼きの円筒の壁にフェロシアン化銅の膜を沈着させて丈夫な半透膜をつくり、ショ糖水溶液の浸透圧を測定した。そこから、浸透圧は濃度に比例し、絶対温度にもほぼ比例することがわかった。オランダのファントホッフはこのデータに注目し、1886年に「希薄溶液中の溶質は、同じ体積を占める理想気体と同じようにふるまう」という考え方をまとめた。ファントホッフは1901年、第1回ノーベル化学賞を受賞している。
水が濃い側へ移動する理由
溶媒の移動は、熱力学的には化学ポテンシャルの差によって説明できる。純粋な溶媒に溶質が溶けると、溶媒分子の化学ポテンシャルは下がる。そのため、純溶媒側の分子は、ポテンシャルの低い溶液側へ自然に移動していく。溶液側に圧力をかけると化学ポテンシャルは上がるので、両側の値が等しくなったところで見かけ上の移動は止まる。このとき必要な圧力差が浸透圧にあたる。分子レベルで見れば、膜をはさんで両方向に溶媒分子が行き来しており、その差し引きがゼロになった状態といえる。ここで起きているのは単純な拡散ではなく、膜による選択的な透過である。
ファントホッフの式と計算例
希薄溶液の浸透圧は、次のファントホッフの式で求められる。
π = i c R T
ここでcはモル濃度(mol/m3)、Rは気体定数(8.314 J/(mol·K))、Tは絶対温度(K)、iは電離によって粒子数が何倍になるかを示すファントホッフ係数である。たとえば、25℃(298.15 K)で0.1 mol/Lの塩化ナトリウム水溶液を考える。NaClはNa+とCl−に分かれるのでi = 2となり、π = 2 × 100 × 8.314 × 298.15 ≒ 4.96 × 105 Paとなる。およそ0.5 MPa、水柱にすると約50 mに相当する。薄い食塩水でも、これだけの圧力が生じるのである。
理想溶液からのずれ
実際の電解質溶液では、イオン同士が引き合うため、式で求めた値より浸透圧は小さく出る。そこで、補正値として浸透係数φを掛けてπ = φ i c R Tとする。0.1 mol/LのNaCl水溶液ではφは約0.93である。濃度が高くなるほどずれは大きくなるので、膜メーカーの設計ソフトでは経験式を使って補正している。
逆浸透・正浸透と他の膜分離の違い
濃い側に浸透圧より大きな圧力をかけると、溶媒は逆に濃い側から薄い側へ押し出される。これが逆浸透であり、逆浸透膜を使った水処理の基本原理になっている。反対に、もっと濃い「駆動溶液」を用意して、浸透圧差だけで水を引き込む方法を正浸透(FO)と呼ぶ。孔の大きさや分離の仕組みが違うほかの膜と比べると、それぞれの特徴がわかりやすい。
| 方式 | 分離の駆動力 | 代表的な操作圧力 | 主な除去対象 |
|---|---|---|---|
| 精密ろ過(MF) | 圧力差(ふるい分け) | 0.1〜0.2 MPa | 0.1 μm程度以上の粒子、細菌 |
| 限外ろ過(UF) | 圧力差(ふるい分け) | 0.1〜0.5 MPa | コロイド、たんぱく質 |
| ナノろ過(NF) | 圧力差+電荷反発 | 0.5〜1.5 MPa | 2価イオン、低分子有機物 |
| 逆浸透(RO) | 浸透圧を上回る圧力差 | 1〜8 MPa | 1価イオンを含むほぼすべての溶質 |
| 正浸透(FO) | 浸透圧差そのもの | ほぼ無加圧 | RO並み(駆動溶液の回収が別途必要) |
RO膜の材質は、かつてはセルロースアセテートが主流であった。今では、ポリアミド系の複合膜がほとんどを占めている。ポリアミド膜は塩除去率99.7%以上を出しやすい反面、塩素に弱いので、殺菌に使った次亜塩素酸を前段で還元処理する必要がある。用語の定義は、JIS K 3802「膜用語」にまとめられている。
海水淡水化プラントでの浸透圧の扱い
塩分濃度3.5%前後の標準的な海水の浸透圧は、25℃で約2.7 MPaである。ところが、実際の海水淡水化設備は5.5〜7 MPaで運転される。理由は回収率にある。淡水を取り出すほど残った濃縮水の塩分は濃くなり、回収率50%なら出口付近の浸透圧は約5.5 MPaに達する。それを上回る圧力がなければ透過水は出てこない。現場では「回収率を5ポイント上げると高圧ポンプの電力が目に見えて増える」と言われ、回収率は電力費と取水量のバランスで決める。エネルギー回収装置を組み込んだ最新設備でも、造水1 m3あたり3〜4 kWhを消費するのが一般的である。工場向けの純水装置では原水が水道水や工業用水なので浸透圧は小さく、1〜1.5 MPa程度の低圧で運転できる。
前処理で押さえる項目
膜面に汚れが付着するファウリングが起きると、同じ水量を得るのにより高い圧力が必要になる。そのため、RO前段では次のような管理値を見るのが通例である。
- SDI(汚染指数):5以下、できれば3以下を目安にする
- 残留塩素:ポリアミド膜では0.1 mg/L未満に抑える
- 水温:1℃上がると透過水量はおよそ3%増えるため、季節変動を補正して評価する
- 差圧:初期値から15%程度上昇したら薬品洗浄を検討する
8インチ膜エレメント1本の価格は数十万円程度で、大規模プラントでは数千本を使う。前処理を適切にして膜交換の周期を5年から7年に延ばせれば、それだけでランニングコストは大きく下がる。
生体と食品加工における浸透圧
ヒトの血漿の浸透圧はおよそ285 mOsm/kgで、体温37℃では約0.73 MPaに相当する。点滴に使う0.9%の生理食塩水は、この値に合わせた等張液である。濃度の低い低張液に赤血球を入れると、水が入り込んで膨らみ、やがて破裂する。これを溶血という。食品の世界でも、塩漬けや砂糖漬けは浸透圧を利用した保存法である。食材の水分を引き出し、微生物の細胞からも水を奪うことで腐敗を防ぐ。果汁の濃縮では、熱で香りを失わないよう、加熱濃縮の代わりにRO膜で水だけを抜く工程が採用されることも多い。
浸透圧差をエネルギーに変える試み
河川水と海水が混ざる河口では、約2.7 MPa分の浸透圧差が使われないまま失われている。この差を発電に生かす方式を、圧力遅延浸透(PRO)という。ノルウェーのスタットクラフト社は2009年にトフテで試験発電所を稼働させたが、膜の出力密度が目標の5 W/m2に届かず、2013年に開発を中断した。日本では長崎大学などが、海水淡水化で出る高濃度の濃縮水と下水処理水を組み合わせる実験を進めている。濃縮水の浸透圧は海水のほぼ2倍あるため、取り出せる圧力差も大きくなる。浸透圧は、水をつくる技術だけでなく、エネルギーを回収する技術としても研究が続いている。
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