油拡散ポンプ
油拡散ポンプは、真空技術において高真空領域(10⁻⁵~10⁻⁸Pa程度)を実現するために用いられる古典的かつ信頼性の高い真空ポンプである。内部で加熱された特殊なポンプオイルを熱的に蒸発させ、この油蒸気が多段ノズル構造で高速噴射されることで、ガス分子を排気方向へと叩き出す仕組みで動作する。機械的な回転部がなくシンプルな構造を有するため、メンテナンスが比較的容易で、かつ長寿命が期待できる点が特長である。しかし、オイル由来のバックストリーミングが問題となる場合があり、クリーン性が求められる半導体プロセス分野では、近年では使用が減少傾向にある。一方で、予算が限られた研究現場や、そこまで高純度を必要としないアプリケーションでは、依然として有用な選択肢である。
動作原理
油拡散ポンプはボイラ部で加熱されたオイルを蒸発させ、狭いノズルから高速で噴出するオイル蒸気の流れを利用してガス分子を下流側へと移動させる。この蒸気流は分子の自由行程が長い分子流領域で有効に作用し、ガスを真空容器から排出方向に押し出す。冷却器に触れたオイル蒸気は再度液化し、ボイラ部に戻って再循環するため、連続的な排気が可能となる。
ネオンサイン作ってる方が油拡散ポンプ使っていて、教科書以外で実物見たのは始めてでした。油蒸気の勢いで高真空を作り出す古の技術…! pic.twitter.com/5qPtlMhKLX
— yuna_digick (@yuna_digick) October 15, 2023
性能特性と到達圧力
油拡散ポンプは高真空域を狙えるが、極端な超高真空には向かない。また水素やヘリウムなど軽いガスを排気する際には効率がやや低下する場合がある。それでも、大規模な真空システムや大面積実験装置で、コストパフォーマンスを重視する場合には適した選択肢となる。ポンプサイズや設計、使用オイルの特性によって排気速度や最終到達圧力が変化し、多くのアプリケーションに対応可能である。
10インチ油拡散ポンプ、初めての分解。炭化した油と格闘すること半日。
腕が筋肉痛でキツイ。 pic.twitter.com/qtlqKCBLs7— Yoshiteru Matsumoto (@tsumatomo_0727) March 16, 2018
オイル選定とバックストリーミング問題
使用するオイルは拡散ポンプ専用の熱的・化学的に安定な合成油やシリコン系オイルが一般的である。オイル蒸気が上流側(真空チャンバ側)へ逆流するバックストリーミングはデバイス汚染の原因となり、半導体製造など高純度要求分野では大きな問題となる。これを軽減するためにはコールドトラップやバッフルを配置して油蒸気を捕捉したり、低バックストリーミング特性を持つオイルを用いる工夫がなされる。
拡散ポンプ油。
結構、高い油で拡散ポンプ本体の調達より費用が掛った気がします。
古い物に日本電球工業株式会社とあり、現在のニラコの前身会社のようです。これはレアアイテムなので使わないで展示コーナー行きですね。 pic.twitter.com/AWMkT22cEX
— Pの人 (@poka_kikaiou) October 14, 2019
プリンピング系との組み合わせ
油拡散ポンプは大気圧から直接高真空まで到達できず、前段ポンプ(ロータリーポンプなど)との組み合わせが必須である。前段ポンプは中真空領域まで圧力を下げ、そこから油拡散ポンプが効率的に機能する圧力範囲(10⁻¹~10⁻²Pa程度)に導くことで、全体として高真空領域への移行がスムーズになる。適切な前段ポンプとの連携によって、所望の真空度と安定性が確保可能となる。
真空ポンプの油交換。
その辺のホームセンターで安売りの車用エンジンオイルをブチ込んでいる。
差異は分からないですね。低真空側の粗挽きポンプは大量の大気吸入が前提なので、湿気の多い日本だとどんなに高品質のオイルでも短時間で湿気ります。
高真空側になる油拡散ポンプは油種を選びます。 pic.twitter.com/oGFXx02128— Pの人 (@poka_kikaiou) March 8, 2024
運用とメンテナンス
油拡散ポンプは内部に回転部がなく、構造が比較的単純なため、定期的なオイル交換や清掃を行うことで長期使用が可能である。ポンプの停止時にはオイル蒸気が凝縮し、チャンバ内へ戻るリスクが減少する。メンテナンス頻度は使用条件やオイル品質に依存するが、総じて堅牢性が高く、長寿命である点が評価されている。
用途の広がりと限界
油拡散ポンプは、質量分析装置、電子顕微鏡、表面分析、真空炉、研究用実験装置など幅広い分野で利用されてきた。しかし、より清浄な高真空を求める先端産業では、オイルフリーなターボ分子ポンプやクライオポンプが台頭しており、用途は次第に限定的になりつつある。その一方で、コスト重視やオイルコンタミが問題とならない領域においては依然として有効性が高く、選択肢として残り続けている。