座標変換
座標変換とは、ある座標系で表された点・ベクトル・剛体姿勢などの表現を、別の座標系や表現形式へ写像する操作である。工学では、ロボットの手先位置を基台座標へ写す、画像座標を世界座標へ復元する、CADの部品を組立座標に合わせる、といった場面で日常的に用いられる。数学的には線形変換と平行移動を組み合わせたアフィン写像として定式化され、行列の積として合成・逆変換・誤差伝播を一貫処理できる点に強みがある。
基本概念
座標変換の核は「座標系」「基底」「原点」の取り替えである。2Dや3Dの点はベクトルとして扱い、回転は直交行列、拡大縮小やせん断は対角行列や上三角行列、平行移動は同次座標を用いることで行列表現に統一できる。変換は可換ではないため、適用順序(回転→移動か、移動→回転か)を厳密に区別する必要がある。
座標系と基底の変更
ある「物体座標系」から「世界座標系」へ表現を移す操作は、幾何学的には基底ベクトルの取り替えであり、代数的には変換行列による基底変換で表される。右手系/左手系や軸の取り方が異なると符号や掛け順が変わるため、仕様書での定義を明確にし、実装では行列の次元・転置・逆行列の扱いを厳格にすることが重要である。
2Dのアフィン変換
- 回転:原点まわり角度θの回転は行列R(θ)で表す。正規直交であり、逆は転置で与えられる。
- 平行移動:同次座標を使うと回転や拡大と同じ4×4/3×3の積に統合できる。
- 拡大縮小・せん断:対角成分や非対角成分で表現し、画素幾何や機械加工の歪補正に用いる。
3Dの回転表現
3Dの回転は回転行列、オイラー角、回転ベクトル、四元数のいずれでも表現できる。計算安定性・直感性・制約処理の容易さが異なるため、用途に応じて選択する。数値最適化や姿勢補間では四元数が広く使われ、機構学の解析や直感的な可視化ではオイラー角が説明に適する場合が多い。
オイラー角の注意点
オイラー角は3つの逐次回転(例:Z–Y–X)で姿勢を記述するが、ジンバルロックにより自由度が失われる特異姿勢が存在する。軸の順序(回転列)とラジアン/度の単位管理、そして右手系/左手系の整合が不可欠である。
四元数の利点
四元数は正規化制約のもとで回転を1つの単位ベクトルとして扱えるため、補間(SLERP)やフィルタリングで数値安定性に優れる。行列よりもパラメータが少なく、正規直交の維持が容易である。
同次座標と行列表現
同次座標を用いると、回転・拡大縮小・せん断・平行移動を1つの行列で表現でき、複数の変換を単純な行列積で合成できる。例えば3Dでは4×4行列を用い、上左3×3が線形部、右端3×1が平行移動、最下行が[0 0 0 1]となる。逆変換は線形部の逆と移動の符号反転・掛け順で得られる。
ヤコビアンと微分変換
非線形な座標変換(例:極座標/球座標→直交座標)では、微小変化の写像にヤコビアンが用いられる。誤差伝播や最小二乗推定、制御ゲインの設計では、ヤコビアンにより勾配・感度を評価し、反復法で解を更新する。寸法公差やセンサ雑音の影響評価でも有効である。
左右手系と掛け順
右手系では右ねじ方向を正回転とし、列ベクトル・後置乗算の慣習なら「点p’=R・p+t」と書く。一方、行ベクトル・前置乗算や左手系の採用もあり得る。実装の混在は不具合の温床となるため、プロジェクト内で表記・データ構造・APIの取り決めを統一することが望ましい。
典型的な応用
- ロボティクス:リンク座標→基台座標、カメラ→手先のキャリブレーション、軌道計画。
- 画像計測/CG:透視投影、レンズ歪補正、テクスチャ座標の写像。
- CAD/CAM:部品の組立拘束、機械原点への段取り、ジグ/治具設計。
- 測地/GIS:測地系間の変換、地図投影、基準点のトライアングレーション。
簡単な計算例(2D)
点(1,2)を原点まわりに90°回転し、その後(3,-1)だけ平行移動する。90°回転の行列Rは[[0,-1],[1,0]]であり、R・(1,2)=(-2,1)となる。これに移動を加えると(-2+3, 1-1)=(1,0)を得る。順序を逆にすると結果は異なるため、設計時に手順を確定させることが肝要である。
数値安定性と実装の注意
回転行列は数値誤差で正規直交性が崩れるため、定期的な再直交化(QR分解等)を行う。四元数は正規化で漂いを抑制できる。単位(m/deg/rad)の混同は重大な誤差を生むため、I/Oの段階で正規化を徹底する。さらに、行列の格納(row-major/column-major)や座標のスケール(mm↔m)も一貫性を保たねばならない。
非線形座標系(極・球)
極座標(r,θ)や球座標(r,θ,φ)から直交座標(x,y,z)への座標変換は、関数写像として明示的に与えられる。例えば2Dではx=r cosθ、y=r sinθである。測距センサの出力や方位角・仰角を持つデータの統合では、この写像とヤコビアンを併用して推定の整合性を確保する。
剛体・相似・アフィンの違い
剛体変換は回転と平行移動のみで距離と角度を保存する。相似変換はそれに一様スケールを加え、アフィン変換はさらにせん断や非等方スケールを含む。モデル同定や画像歪補正では、物理的制約に応じて最も制限の強いモデルから順に適用し、過学習や不整合を避けるのが実務的である。
検証とキャリブレーション
実機では治具点群の往復変換(行って戻る)で再現誤差を測る。カメラの場合はチェッカボードで内部/外部パラメータを推定し、残差分布や再投影誤差で品質を判断する。ロボットではTCPの再現性、工具長オフセット、熱変形の補償などが座標変換の精度を左右する。