奈良時代の経済|和同開珎と鉄製農具の発達

奈良時代の経済

奈良時代(参考:平城京)には、銅や銀が発掘されることにより、農業機具や貨幣が発展した。農業生産性があがり、また貨幣も流通するようになる。また律令国家の整備が促され、交通インフラが整えられた。これにより、国内経済が活発化されることになる。

目次

農業改革

大化前代にも、水稲農業では田植えが行われ、収穫には根刈りが行われていたが、奈良時代になると、鉄製農具の使用が普及されるようになり、牛馬耕など畜力の利用も広まった。また、律令政府が大規模な治水・灌漑事業を推進し、麦・桑・漆の栽培を奨励するなど、農業改革をすすめ、農業生産力は上昇する。

資源開発

天智天皇の668年に越後(新潟県)から石油が献上され、天武天皇のときには対馬で銀が発見された。その後も各地で銅・水銀・硫黄・鉛などが発見される。農具や貨幣に使われた。

貨幣

藤原京の時代には、わが国でつくられた最初の貨幣(銅銭)富本銭が鋳造された。また、708年に武蔵国秩父郡(埼玉県)から和銅(熟銅、自然銅)が産出されたので、それを祝って和銅と改元し、和同開弥を鋳造した。これ以後958(天徳2)年の乾元大宝まで12回にわたって貨幣がつくられ、これを総称して皇朝十二銭といっている。

和同開弥

和同は吉語で、年号の和銅とは異なる。弥を珍の異体文字としてチンと読む説と雪の略字と見てホウと読む説がある。和同開弥には銅銭と銀銭とがあったが、のちにはもっぱら銅銭がつくられた。貨幣の鋳造は鋳銭司で行い、山城・周防・長門などに設けられた。711年の蓄銭叙位令は貨幣流通促進のために出されたものである。

皇朝十二銭

  • 和同開弥(708年) 銀・銅
  • 万年通宝(760年) 銅
  • 神功開宝(765年) 銅
  • 隆平永宝(796年) 銅
  • 富寿神宝(818年) 銅
  • 承和昌宝(835年) 銅
  • 長年大宝(848年) 銅
  • 益神宝(859年) 銅
  • 貞観永宝(870年) 銅
  • 寛平大宝(890年) 銅
  • 延喜通宝(907年) 銅
  • 乾元大宝(958年) 銅

交通インフラ

中央と地方を結ぶ交通インフラが整えられた。約16kmごとに馬家を設ける駅制がしかれ、役人が公用に利用した。地方では駅路と離れて郡家などを結ぶ道(伝路)が交通体系の網目を構成した。各地で一定の規格の道幅(6m~12m)をもって直線的に伸びる官道を設けた。


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