垂直統合
垂直統合とは、原材料の調達から部品加工、組立、販売に至るサプライチェーンの複数の段階を、1つの企業またはその企業グループが自社内に取り込む経営戦略である。英語ではvertical integrationと呼ぶ。外部企業との取引を社内の工程に置き換えることで、品質やコスト、納期を自社で管理しやすくなる。その代わり、多額の設備投資が必要になり、市場の変化に合わせて事業を組み替えにくくなる。製造業では自動車、鉄鋼、半導体などの分野で、統合と分業のどちらを選ぶかが繰り返し議論されてきた。
フォードのリバー・ルージュ工場に見る原型
代表例としてよく挙げられるのが、米フォード・モーターがミシガン州ディアボーンに建設したリバー・ルージュ工場である。1917年に着工し、1928年に一貫生産体制が完成した。敷地内には製鉄所、ガラス工場、発電所、港湾設備までがあり、鉄鉱石を運び込めば完成車が出てくる仕組みであった。1930年代のピーク時には約10万人が働いていたとされる。フォードはタイヤ用ゴムを確保するため、1928年にブラジルでゴム農園「フォードランディア」の開発にまで乗り出した。しかし、この事業は失敗に終わっている。何でも自社で抱え込む方式の限界は、この時期にすでに表れていた。
前方統合と後方統合
統合する方向によって、2つの型に分かれる。
- 後方統合:完成品メーカーが、部品や素材など川上の工程を取り込む形。例として自動車メーカーによる電池の自社生産がある
- 前方統合:素材や部品のメーカーが、加工や販売など川下に進出する形。例として化学メーカーによる成形品事業がある
- 完全統合:川上から川下までのほぼすべての工程を自社グループで持つ形
- テーパード統合:必要量の一部だけを社内でつくり、残りを外部から買う形
実際の製造業でもっとも多いのはテーパード統合である。たとえば、プレス部品の60%を社内でつくり、40%を外注する。こうすると社内工場の稼働率を保ちつつ、外部の価格を比較の目安として使える。
なぜ企業は工程を内部化するのか
経済学からの説明として知られているのが、ロナルド・コースが1937年の論文「企業の本質」で示した考え方である。市場で取引すると、相手を探す、交渉する、契約を守らせるといった費用がかかる。これらの費用が社内で管理する費用より大きいとき、企業はその工程を自社に取り込む。この議論を発展させたのがオリバー・ウィリアムソンで、彼は取引コストの理論により2009年にノーベル経済学賞を受けた。
ウィリアムソンが特に重視したのは「資産特殊性」である。特定の顧客向けにしか使えない専用金型や専用ラインを持つと、サプライヤーは相手の言い値をのまざるを得ない立場に置かれる。逆に、発注側が供給を止められる危険もある。その特殊性が高い取引ほど、社内に取り込む動機が強くなる。
判断の考え方を簡単な式にすると次のようになる。
内製の総費用 = 製造原価 + 設備償却費 + 管理費
外注の総費用 = 購入単価 × 数量 + 取引コスト(探索・交渉・監視)
内製の総費用 < 外注の総費用 のとき、統合が合理的となる
水平分業との比較
反対の考え方が水平分業である。それぞれの工程を専門企業に任せ、自社は得意な領域に集中する。両者の違いを次の表に整理する。
| 比較項目 | 垂直統合 | 水平分業 |
|---|---|---|
| 初期投資 | 大きい(工場・設備を自社で持つ) | 小さい |
| 品質・仕様の管理 | 細かく管理しやすい | 契約と監査で管理する |
| 需要変動への対応 | 固定費が重く、変化に弱い | 発注量を変えて調整できる |
| 技術ノウハウの流出 | 起こりにくい | 委託先を通じて流出するおそれがある |
| 代表的な業態 | IDM、一貫製鉄所 | ファブレス、EMS |
台湾のエイサー創業者スタン・シーは1992年にスマイルカーブを提唱した。研究開発やブランド、販売といった両端の工程の付加価値が高く、中間の組立は低いという考え方で、分業の流れを後押しした。
半導体と自動車で揺れ戻す業界構造
半導体業界では長い間、設計から製造までを自社で行うIDM(垂直統合型デバイスメーカー)が主流であった。この構図を変えたのが、1987年に創業したTSMCである。製造だけを請け負うファウンドリのモデルが広まったことで、工場を持たないファブレス企業でも最先端の半導体を設計・販売できるようになった。
ところが、2020年代に入ると、半導体を使う側の企業が設計を自社に取り込む動きが目立つようになった。アップルは2020年11月に自社設計のM1チップを発表し、Mac向けのCPUをインテル製から切り替えた。ただし、製造はTSMCに委託している。設計は統合し、製造は分業するという中間的な形である。
電動化で変わる自動車の境界線
自動車産業では、電気自動車の普及によってリチウムイオン電池が原価の大きな割合を占めるようになった。中国のBYDは電池メーカーとして出発した企業で、2020年に発表した「ブレードバッテリー」をはじめ、セルから車両までを自社で手がける。日本ではトヨタが1949年に電装部門を日本電装(現デンソー)として切り離し、資本関係を持つ系列によって緩やかな統合を保ってきた。完全に社内に抱えるのでも、市場から単純に買うのでもない形で、日本の自動車産業の特徴とされる。
製造現場で内製化を判断するときの実務
中堅の部品メーカーが内製化を検討する場面では、理論よりも稼働率と人材が判断を左右することが多い。たとえば、熱処理やめっきを社内に取り込む場合、炉や排水処理設備に数千万円から数億円の投資がかかる。設備の稼働率が60〜70%を下回る見込みなら、専門業者に外注したほうが安くつくのが現場での一般的な目安である。めっき工程は水質汚濁防止法による排水規制の対象になるため、環境対応の費用も忘れずに見込んでおきたい。
品質保証の面では、ISO 9001:2015の箇条8.4(外部から提供されるプロセス、製品及びサービスの管理)への対応が判断材料になる。外注先が増えるほど、監査や受入検査の手間がふくらむ。工程を社内に取り込むと、この管理負担は減る。ただし、今度は社内の生産管理の範囲が広がり、多くの工程を理解した技術者が必要になる。統合でコストが下がるかどうかは、設備費だけでなく、こうした人の面の費用まで含めて見積もらなければわからない。
統合が裏目に出た事例と垂直分離
統合した事業を後から切り離すことを、垂直分離(ディスインテグレーション)と呼ぶ。IBMは2005年、パソコン事業を中国のレノボに売却した。部品の標準化が進み、組立だけでは差別化できなくなったためである。インテルも2021年に「IDM 2.0」を掲げ、自社の工場を他社に開放するファウンドリ事業に乗り出した。統合した体制を維持しながら、外部からの受託も取り込もうとする試みであった。技術の成熟度や部品の標準化の度合いによって、統合が有利になる時期と分業が有利になる時期は入れ替わる。素材を扱う鉄鋼業のように、高炉から圧延まで温度を保ったまま連続して処理することで熱エネルギーを節約できる業種では、物理的な理由から統合の利点が今も大きい。
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