善意志|カント

善意志

善意志とはカントの倫理学の重要用語で、義務に従って常に善をなそうとする意志をさす。カントは、行為の目的や結果よりも、それをなす動機となる善意志を無条件に善いものと認めた。(動機主義)勇気や才能や財産などは、善意志に導かれることで、はじめて善いものになるのであり、善意志こそ無条件の価値を持っている。反面そうしたものを善意志によって導かれなければ有害なものと鳴り得る。それゆえ善意志以外に無条件に善とされることはない。(参考:カントの倫理学

善意志

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目次

善意志

我々の住む世界においてはもとより、およそこの世界のそとでも、無制限に善とみなされ得るものは、善意志のほかにはまつたく考えることができない。知力、才気、判断力等ばかりでなく、一般に精神的才能とよばれるようなもの、–あるいはまた気質の特性としての勇気、果断、目的の遂行における、堅忍不抜等が、いろいろな点で善いものであり、望ましいものであることは疑いない。そこでこれらのものは、自然の賜物と呼ばれるのである。しかしこれを使用するのは、ほかならぬ我々の意志である。意志の特性は性格であると言われるのは、この故である。それだからこの意志が善でないと上記の精神的才能にせよ、あるいは気質的特性にせよ、極めて悪性で有害なものになり兼ねないのである。(『道徳形而上学言論』カント

動機主義

結果主義は自己の幸福を行為の善悪の基準とし、動機主義が示すような普遍妥当的な道徳原理となりえない。カントは行為の結果よりも行為の動機に倫理性を認めた。

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