冒頓単于|劉邦を打ち負かした匈奴の名君

冒頓単于 ぼくとつ ぜんう

冒頓単于(ぼくとつ ぜんう)は前漢時代の匈奴の名君で、混乱していた内外モンゴルを平定し、高祖(劉邦)を平城(今の大同)に包囲して、和親を結ばせた。それ以降、は貢物を納入することになる。さらに西はジュンガリアからタリム盆地に勢力を延ばして大帝国を建設し、匈奴の最盛期を現出した。

単于

単于は、匈奴の最高君主の称号である。漢書には単于とは広大の意とあるが、明らかでない。

頭曼単于の暗殺

冒頓単于の父は頭曼単于(とうまんぜんう)といい、優れた君主であったが、冒頓単于との関係は悪化していた。冒頓は頭曼単于を殺すことで政治的優位に立とうとした。そのため、自分の部下に、自分が鏑矢で射たものをそのとおり射つように命じた。冒頓は、まず自分の愛馬を射たが、部下の中には躊躇して射たない者がいたので、即座にその者を斬殺した。次に自分の妻を射たが、やはり動揺して射たない者があったので、同様に斬殺した。こうして頭曼単于(とうまんぜんう)と狩りに出た冒頓単于は、隙をみて頭曼単于に鋼矢を放ったところ、部下たちは誰一人たがうことなく矢を浴びせかけ、頭曼単于を射殺したという。

漢への勝利

前200年、冒頓単于率いる匈奴は、高祖(劉邦)率いると白登山(山西省大同の南東)で対立し、に勝利した。以後、匈奴から毎年多額の物品を獲得する。