シャルル・ド・モンテスキュー|法学,三権分立,国家の形態

シャルル・ド・モンテスキュー Charles-Louis de Montesquieu

モンテスキュー(1689.1.18 – 1755.2.10)は、フランスの啓蒙思想家・法学者である。三権分立の創始者。ボルドーの高等法院の裁判官をつとめた法服貴族で、ロックの影響を受け、イギリスの政治制度を模範に三権分立・立憲君主制を説き、絶対王政に批判的立場をとった。また、ディドロダランベールらの百科全書の編纂にも協力し、フランス革命やアメリカの民主主義制度に影響を与えた。主著は、『法の精神』、『ペルシア人への手紙』であるが、『ペルシア人への手紙』(1721年)はフランスの状況を間接的に弾級するもので、イギリス社会を模倣的に扱った。『法の精神』(1748年)では、ジョン・ロックの考え方に依拠して社会の基本的な法的な構造を見直した。

モンテスキュー

モンテスキュー

『法の精神』モンテスキュー

モンテスキューは実定法の設定が自然的な基準が存在し、それを事物の自然本性と呼んだ。この自然の基準を基づくことが法の精神である。法はその国家の自然的要因(具体的には領土や気候、しきたり、歴史、経済体制)によって規定されている。その時々の環境の状態に影響下のなかで法体制が整えられている。

領土:体制に影響し、地理的に大きな領土の国は君主制へ、小さな領土の国は共和主義的体制をとることが可能である
気候:温帯地域では社会秩序が一定のまま存続する
人為:宗教、しきたり、歴史、経済形態、社会的・史的な要因

国家形態

モンテスキューは国家形態を3つに区分している。下記の3つの中で、国家形態はそのときどきで最適な状態を取る。

独裁制:恐怖が原理である
君主制:尊敬を基礎としている
共和制:民主制あるいは貴族制をとり、徳に基づいて成立する

「彼が専制主義に与えているのは恐怖の原理だ。名誉は国王に続いてついてくる幻影である。しかるに、共和政の基礎、その本質は徳だ。」(モンテスキュー)

モンテスキューにおける自由

モンテスキューは自由を法の許すすべてをなす権利のことであり、法の外の自由を人民が求めるとき、それを人民の権力として批判した。人民の権力を自由と混同してしまう専制政治が生まれるのであり、共和制を実現するためには、この人民の権力の濫用を抑止する制度設計を行う必要がある。それが三権分立である。

三権分立

モンテスキューは権力の制限を目的として、立法、行政、司法の三権分立を提案した。それぞれの組織が独立性を持ち、互いに監視し合うことによって、権力の均衡をもたせ、政治を安定させるとした。この考え方はモンテスキューがイギリスにいた1729年からの31年のときの成果であり、ジョン・ロックの影響を強く受けている。

立法権:行政府を監督すべき両院、監督を行う上院 (フランスでは貴族院) と立法を行う下院とから成る。
行政権:立法府に対して拒否権をもつ。
司法権:行政府から厳格に分離されるべきである。

『法の精神』からの引用

君主制は、おそらく謀反人たちの目的に見事に合致していたのだろう。彼らにとって、国民大衆を王政の型に作りなおすことが重要だった。しかし、憤激した国民は彼らを追い払い、共和政が勝利した。共和政はその勝利を表明し、揺るぎないものにしなければならない。それは勝利の結果であり、記しであらねばならない。共和主義の精神・道徳・制度・慣習は今日、優勢となるに至っている。しかし、それらを選び取るためには、もっとよく知り、それらのもっと正しい観念を形作ることから始める必要がある。公共の利益という神聖な淵源の中にすべての利益を集中させる共和主義精神は、人々の間にある正しく、衡平で、 善良で、親切なものすべてからなっている。(『法の精神』モンテスキュー)