フッ素ゴム
フッ素ゴムは、分子鎖にフッ素原子を多く含む合成ゴムの総称で、耐熱性・耐油性・耐薬品性に優れたエラストマーである。ASTM D1418およびJIS K 6397では「FKM」と表記される。連続使用温度はおおむね200〜230℃に達し、汎用ゴムでは耐えられない高温の油や燃料にさらされる部位で使われている。自動車エンジン周辺のシール材、化学プラントのパッキン、半導体製造装置の真空シールなどが主な用途である。
開発の経緯
始まりは1950年代の米国である。航空機やミサイルの開発で、ジェット燃料や高温の作動油に耐えるシール材が必要になった。1957年にデュポン社(現在のケマーズ社)がフッ化ビニリデン(VDF)とヘキサフルオロプロピレン(HFP)の共重合体を開発し、「Viton(バイトン)」の商品名で売り出した。この名前は今もフッ素ゴムを指す通称として現場で使われている。日本では1970年代にダイキン工業が「ダイエル」を発売し、国産化が進んだ。いまは3M(Dyneon)、ソルベイ(Tecnoflon)、AGC(アフラス)なども主要な供給元である。
化学構造と特性が生まれる理由
代表的なFKMの主鎖は、–CH2–CF2–(VDF単位)と–CF2–CF(CF3)–(HFP単位)が交互に近い形でつながった構造をもつ。炭素–フッ素結合の結合エネルギーは約485 kJ/molで、炭素–水素結合(約410 kJ/mol)より大きい。このため熱や酸化で分子鎖が切れにくい。フッ素原子は炭素骨格を覆うように並ぶので、油や溶剤の分子が入り込みにくくなる。フッ素含有量は一般グレードで66%前後、高フッ素グレードでは70%前後まで上がる。比重は1.8〜2.0程度で、ニトリルゴム(約1.0)のほぼ2倍に当たる。同じ体積の部品でも材料重量が増えるため、見積もり時に重量単価だけで比べると判断を誤りやすい。
共重合体の組成による分類
モノマーの組み合わせで性能は大きく変わる。用途ごとに使い分けられている主な系統を次の表に示す。
| 系統 | 主なモノマー | 耐熱温度の目安 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 2元系FKM | VDF/HFP | 約200℃ | 最も汎用的。圧縮永久ひずみが小さく価格も比較的安い |
| 3元系FKM | VDF/HFP/TFE | 約230℃ | フッ素含有量が高く、耐燃料性・耐溶剤性が向上 |
| 低温用FKM | VDF/PMVE/TFE | 約200℃ | ガラス転移点が-30〜-40℃まで下がり、寒冷地向け |
| FEPM | TFE/プロピレン | 約200℃ | アミンや高温水蒸気に強い。耐油性はFKMにやや劣る |
| FFKM | TFE/パーフルオロビニルエーテル | 約300〜327℃ | 水素を含まない完全フッ素化ゴム。ほぼすべての薬品に耐える |
加硫系の違い
フッ素ゴムの加硫には、ポリオール加硫、パーオキサイド加硫、アミン加硫の3方式がある。いまの主流はビスフェノールAFを使うポリオール加硫で、圧縮永久ひずみの小ささと加工のしやすさを両立している。パーオキサイド加硫は高温の水や蒸気、酸に強く、食品・医薬向けやFFKMで採用が多い。アミン加硫は接着性が高いものの、耐熱性で劣るため使われる場面は減った。どの方式でも、プレス成形(170〜180℃で数分〜10分程度)のあとに、200〜230℃で16〜24時間ほどの二次加硫(ポストキュア)を行うのが一般的である。二次加硫を省くと、低分子の副生成物が残って圧縮永久ひずみが大きくなる。
成形現場での注意点
現場でよく問題になるのが成形収縮率である。FKMは一般に2.5〜3.5%程度収縮し、NBR(約1.5〜2.0%)より大きい。NBR用の金型をそのまま流用すると寸法が小さく仕上がり、Oリングのつぶし代が不足するおそれがある。材料単価もNBRの5〜10倍程度と高いので、バリの量を減らす金型設計や、ゴム生地を投入する重量の管理がコストに直結する。
得意な環境と苦手な環境
鉱物油、ガソリン、軽油、芳香族炭化水素、多くの無機酸に対しては、膨潤がごく小さい。オゾンや紫外線による劣化もほとんど起きないため、屋外で長く使うシールにも向いている。
苦手な媒体もはっきりしている。代表的なものを挙げる。
- アセトンやメチルエチルケトン(MEK)などのケトン類
- 酢酸エチルなどの低分子エステル類
- アミン類、アンモニア、強アルカリ
- 航空機の作動油に使われるリン酸エステル系作動油(スカイドロールなど)
- 150℃を超える高温水・水蒸気(ポリオール加硫品の場合)
こうした媒体には、FEPMやFFKM、あるいはEPDMを選ぶのが基本となる。低温側の弱さも見落とせない。一般グレードの脆化温度は-20℃前後で、シリコーンゴム(-60℃前後)には大きく及ばない。冬場の屋外設備や寒冷地向けの車両では、低温用グレードを指定するか、ほかの材料と組み合わせて対応する。
主な用途と規格
いちばん使われているのは自動車分野である。燃料ホースの内層、クランクシャフトのオイルシール、インジェクター用Oリング、ターボチャージャー周辺のガスケットなどに採用されている。バイオエタノールを混ぜた燃料が広まったことで、耐燃料性の高い3元系の採用が増えた。Oリングの規格では、JIS B 2401-1が材料を種類記号で分けており、フッ素ゴムは「4種D」に当たる。設計図に「4D」とあれば、FKM製Oリングの指定を意味する。
半導体分野では事情が異なる。プラズマエッチングやCVD装置のチャンバーシールは、フッ素ラジカルや酸素プラズマにさらされるため、FFKMが標準になっている。FFKMの価格はFKMの数十倍から100倍を超える。それでも、パーティクルの発生やシール交換による装置停止の損失を考えると、割に合うと判断されることが多い。化学プラントのポンプやバルブ、メカニカルシールの二次シールにも広く使われている。
ほかのシール材との使い分け
材料を選ぶときは、温度、媒体、コストの3点で比べるのが実務の基本である。120℃以下の鉱物油ならNBRで足り、コストはフッ素ゴムの数分の1で済む。150℃前後なら水素化ニトリルゴム(HNBR)やアクリルゴム(ACM)が候補になる。200℃を超えて油や燃料にさらされる条件では、FKMの出番となる。ゴムでは対応できない強い溶剤や、300℃以上の環境では、フッ素樹脂のPTFEを使ったパッキンや金属ガスケットが検討される。ただしPTFEはゴム弾性をもたず、クリープしやすい。そのため繰り返し開閉するフランジでは、締め直しの管理が欠かせない。フッ素ゴムは、ゴムとしての弾性を保ちながら使える温度と薬品の範囲が最も広い材料のひとつで、ほかの材料との境目を知っておくと選定ミスを防ぎやすい。
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