バクトリア王国|中央アジアへのギリシャ文化流入,ヘレニズム

バクトリア王国

バクトリア王国(前255頃~前139)は中央アジアのアム川上流域に、アレクサンドロス大王の遠征後、残留ギリシア人の子孫が建てた王国である。前3世紀末には、西北インドへ侵入した。前2世紀にパルティアやスキタイ系部族の侵入を受け、最後にはトハラ人に滅ぼされた。

ヘレニズム文化

バクトリア王国は、ギリシア人が建てた王国のため、ギリシア文化(ヘレニズム文化)が残っており、のちのガンダーラ美術の基礎を作った。

トハラ

前2世紀、パルティアやスキタイ系の侵入を受け、査収的にはスキタイ系のトハラ人に滅ぼされた。以降、トハラ(大夏)と呼ばれるようになったが、中央アジアのアム川北方にいた大月氏によって、トハラも滅亡した。

クシャーナ朝

前1世紀末、大月氏から独立し、西北インドを支配したのがクシャーナ朝(クシャン)である。